あの日から15年
2026年3月11日 20時08分801 日目
今日は3月11日
あの日から15年
あの日も今日のような
麗らかな日だったと記憶しています
能登半島地震からも
2年の日が過ぎ
その日も
冬の北陸にしては珍しく
暖かな日でした
日本中が終わったような気がした
あの日
とてつもない絶望に包まれたあの日
立入禁止区域に指定されている
本校舎の入り口に
半旗を掲げました
被災者が今
一番悲しいことは
だんだん忘れ去られていくことです
わかりきっていたこととはいえ
それでもさみしい気持ちになります
自分たちのことを
忘れないでいて欲しいのであれば
自分たちも
東日本や阪神淡路
その前の奥尻島など
決して忘れてはいけないことです
私は震災後
何度か東北や神戸を訪れ
いろんな方とお話しさせていただきました
その時被災した方々は
涙を流して
能登半島の話を聞いてくださいました
15年経って
30年経った今でも
泣きながら耳を傾けてくださるのです
決して心の傷が癒えるものでない
そのことを実感しています
あの時犠牲になった方々が
ご自分の命と引き換えに
残してくださった教訓の数々
あの時生き延びた方が
何年経っても流してくださる涙
これを次の世代に伝えていく
『恩送り』が我々の勤めです
何十年経っても復興半ばの
被災地を訪ねて驚くのは
直接被災の経験のない
若い世代がしっかりと
『恩送り』を担っていると
いうことです
直接被災体験があるかないかは
大きな問題ではありません
もっと言えば
そこに住んでいた方でなくても
いいんです
大切なのは
被災者の悲しみや心の痛みを
自分のことのように
本当にわかろうとする
気持ちがあるかないかです
発災以来本校は
OECDの協力を得ながら
世界と繋がる活動をしています
今回得た知見を
トルコやウクライナ
さらにはイランやイスラエル
天災や人災に苦しむ方のために
何か活かすことができないか
真剣に考えています
そして被災地の子供達の目を
世界に向けさせることが
何より生徒自身の心のケアに
繋がっていることを
実感できています
OECDでは
被災していない若い方が
活動の中心になっています
「被災していないのに
そして復旧もまだなのに
世界を視野に入れて
綺麗事を言っている」
など心無い言葉を
かけてくる人もいます
誤解のないよう伝えます
被災者の心の痛みに
本気で向き合って
くださっている方々です
被災した者でないと
本当の痛みはわからない
確かにそうでしょう
でもそんなことを口にしては
被災者とそうでない方の
分断を招くだけです
まなちゃんの「ミツバチプロジェクト」
高校生が作った街づくりの花粉を
小中学生にミツバチさんになってもらって
未来へ届けるプロジェクト
ティーンラボで
『あの物語にはつづきがあった!』
ワークショップを開催しました
アナウンサーの原田さんと
絵本専門士の赤池さんが
サポートしてくださいました
https://cms.ishikawa-c.ed.jp/wazifh/file/8864
読み聞かせや
物語作りで楽しみました
たくさんのミツバチさんが
集まってくれました
みんな未来へちゃんと届けるんだよ
【話の玉手箱】第 24 話
これまでの教員生活で出会った
なんだかいい話を紹介するコーナー
次世代リーダーの条件
[サーバント(奉仕者)型]
部下一人ひとりの「らしさ」を尊重し
個人の目標の実現をサポートする
リーダーは組織としてのビジョンを示す
競争に慣れていない若手の多い職場で有効
[エンゲージメント(愛着)型]
メンバー同士の信頼感を重視し
心地よく働ける環境を整える
お互いの成長に貢献し合う
多様な雇用形態の組織で有効
[イノベーション型]
過去の成功体験の再現でもなく
現在の延長線上での施策でもなく
パラダイムシフトを主導する
新しいことを始める組織で有効
[ビジョナリー型]
様々な立場の人を巻き込み
同じ目標に向かわせる
決裁権者の偏った判断に迎合しない
新規事業の創出を目指す組織に有効
[プロデューサー型]
多様な利害関係者の協力を集結する
様々な専門家の強みを活かし
シナジー効果を発揮し
ゴールを目指す
いずれにしても
変化の機会を受け入れるだけではなく
自ら変化を作り出す
これまでの人脈以外の交流
得意分野ではない領域に
あえて踏み入れてみる
修羅場に身を置くと
何を目指すのか考え抜くことで
志が醸成されます
我が身だけではなく
社会全体の課題を捉える目
そこから引き算割り算で
ミッションに
落とし込んでいくのが大事です
わかってはいるんですよ
わかってはいるんですけどね
なかなかね