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校長室より「おこらいえ」

タイムマシンに乗ってチクタクチクタク

2026年3月22日 18時38分

812 日目

近代日本の公教育は
1872年(明治5年)に始まりました
約10年後
自由民権運動の影響を受けて
知識教授よりも徳育を重んじる方針が  
1881年(明治14年)に
  
『小学校教員心得』として
示されました
  

明治後期になると
理科において教科書の使用が禁止されました
書物よりも観察・実験を重視する方向性が
文部省から示されたのです 
 

しかしながら教員裁量は認められておらず
行われていたのは画一的な教育でした

時代が大正になると
欧米での自由主義教育が翻訳導入され
一部の先進的な学校では
教科に『自由研究』が組み込まれました

ところがこの流れは
昭和初期から戦時中にかけて
統制的な戦時下教育によって
砕かれていきます

戦争中は敵国の言葉の使用が禁止されました
野球でも『ストライク』は『よし!』
『ボール』は『だめ!』
というふうに

英語教育も禁止されていたのかというと 
そうではありませんでした
敵国の情報を傍受するために
現代の4技能(聞く・話す・読む・書く)
よりも細分化された
徹底した英語教育が行われていました

やがて戦争に敗れ
GHQ主導による教育改革で
戦前の知識一辺倒の教育は一掃されます 
 

『自由研究』という教科が
小学校に設けられました

自由研究

これはその時の教科書です
一年間かけて
 
自分の希望に沿って研究し 

最後に発表会を催しています

この教科書の最初のページには
「あなたはこの一年間で
 どんなことを研究してみたいと思いますか。

 次に書いてごらんなさい」

と書かれており
各単元に探究活動の結果を
記入する体裁をとっていました

このような教育を受けた世代が
戦後日本の驚くべき
高度経済成長を支えていくことになります

ただ実際に経済成長の時代を迎えると
コスパが問題となり
系統的な暗記中心の教育に逆戻りします

その時『自由研究』という教科は
全く姿を消すのではなく
夏休みの宿題として残っていくのです

現代では
本校の『街プロ』もそうですが
探究型の授業が全国で展開されています

戦後の
「自由研究」を中心に据えた
教育を受けた世代が
日本を支えていったように
 
時代が一回りして
現代の
「探究学習」を軸とした
教育を受けた世代が
これからの日本を支えていく
そんな気がしてなりません
  

 


【話の玉手箱】最終回
 これまでの教員生活で出会った
 なんだかいい話を紹介するコーナー
 

 今日は私自身が遺した玉手箱です

 昨日「えちえちえっち」最終回で
 紹介した音楽の効用の先行研究

 実は私の初任の学校の生徒のものです 
 あんまり勉強が好きじゃなくて

 授業に集中できない子たちに
 1年間かけて自分の好きなことを
 
 とことん追求してみろと

 

 そしたら面白いように

 生徒たちが前向きになって
 学び始めたのです

 「俺は将来武士になる!」
 とか言い出して

 ひたすら自作の弓矢作りに

 没頭する輩
 

「お墓参りに使いたい」
 とか言い出して

 ひたすら消えない蝋燭作りに

 のめり込むお嬢

 そのうちのひとつが
 植物への言葉掛けグループでした

 『ありがとう』って書いた紙を貼って
 氷をつくると
 きれいな結晶の氷ができる

 そんな話が噂になっていた頃でした

 音楽を聴かせながら乳を搾ると
 お乳の出が良くなるとか
 モーツァルトを聴かせながら

 ワインを熟成させると美味しくなるとか

 そんな世間の噂が気になり
 音楽を聴かせながら植物を育てると

 果たしてよく育つのか

 検証することとしました

 彼女たちが調べたのは
 声かけの効能でした

  ①全く声掛けをしないグループ

  ②毎日優しい声かけをするグループ

  ③毎日罵詈雑言を浴びせるグループ

 に分けて水栽培をしながら
   
 根の伸長を測りました

 そしたらなんと   
 ③罵詈雑言グループが
 
 一番伸びたのです

 データの有意差などについては

 教えていなかったので
 
 その辺は肌感覚なのではあるのですが

 明らかな差がありました

 「うちらいっつも先生に
  怒られとるさかい 
 
  強いんや

  イエーイ!」

 と結論づけていたのでした

 科学的な検証はともかく 
 明るく元気な生徒たちでした    
 きっと地震の後も
どこかで
 たくましいお母さんしてるんだろうな
 

 今から30年前の話です
 30年前に実施していたこの授業が
 実は私の探究型授業の原点です

 誰でも好きなことなら
 放っておいても勉強します
 教師の力は

 その学びの心を

 いかに実生活に落とし込めるか

 いかにそこに教科の知識を

 盛り込んでいけるかなのです

 『街プロ』について取材されると
 必ず聞かれるのが

 「ゴールは何ですか?」
 私は決まってこう答えます

 「そんなもんありません」
 教員がゴールを設定してしまうと
  
 子どもの可能性を狭めてしまいます

 また巷には
 「探究学習の進め方」のような
  
 ハウツー本が出回るようになりました

 偏差値教育の時代に
戻るつもりですか
 教員が効率よくノウハウだけ学んで
     
 どうするんですか

 生徒と一緒に

 悩んで
 
     
 苦しんで

 考える

 そんな時間を教員に返してください

 空き時間にずっと机に座って     
 教材研究している若い教員 

 それももちろん大事だが

 それよりも学校にいるときは

 生徒と本気でぶつかれ
     
 教科教える教師は

 AIにとって変わられる

 教科教える教師になれ