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校長室より「おこらいえ」

2年目に明かされる真実

2026年2月2日 09時19分

764 日目

『週刊東洋経済』1月24日号に
ノンフィクション作家山岡淳一郎氏による
「能登半島地震2年目に明かされる真実」
の記事が掲載されていました

あの時私たちはその瞬間を生きることで精一杯で
回りで何が起こっているのか
知る由もありませんでした

今こうして当時のことを改めて読んでみると
自分たちの知らないところで
多くの方々が力を尽くしてくださっていたことに
感謝の気持ちでいっぱいになる一方で
自分たちが生死の境目で彷徨っている時に
いったい何をしていたんだと
怒りに震えるような記事もあります

成功例失敗例包み隠さず
真実を明らかにしていくことは
今後どこかで何かが起こった時の
大切な指針となっていくはずです
ぜひ全国のみなさんに
ご覧になっていただきたい一冊です

阪神淡路大震災の時には
壊れた自宅の撤去は
それさえも自費負担でした
地震で全てを失った方に対して
なんという仕打ちでしょう
その時の被害者の方が
声をあげてくださったおかげで
能登半島地震では公費解体制度の
恩恵に預かることができた訳です

今回の地震で
公費解体制度が一歩前進しました
これまで地権者全員の同意がないと
公費解体できなかったのが
その縛りが緩和され
公費解体のスピードが上がったのです

こうして被災者が
困ったことは困ったと
我慢することなく声にすることは
それが前例とならないようにするために
とても大切なことです

私自身
文部科学省に対して
様々な苦言を呈してきました
いくつかのものは身を結びつつあります

まずは教科書の無償提供
震災の起こった数日後に
震災で失った教科書を
無償提供してくださる話がきました
どの教科が何冊必要が報告せよとのことでした
しかしながら生徒の安否すら分からない中
どう調査せよと言うのでしょう?
「全教科全員分ください」とお願いしました
規則だから調査せよとの再度のお達しに
「それならいらん」と回答しました
当庁できる職員が数名しかいないのに
そんなことに労力を割くわけにはいかなかったからです
ところが当時の教頭先生はできた方で
避難所を一件一件まわって
必要な教科書数を調査して報告してくださったのです

教科書が届いたのは3月の終わり
つまり3学期が終わってしまってからのことでした
しかも罹災証明書のないものは
代金を支払えとのことでした

一連の出来事に断固抗議
今後このようなことがないようにするとの
回答をいただきました

そしてその半年後の豪雨災害
文房具を無償提供するからまたもや
被災生徒氏名を報告するようにとのお達し
しかしながら豪雨と地震では
状況が異なります
豪雨は被害が限定的で
被災生徒を容易に把握できるからです
この時はきちんと氏名報告しました
ところが大変なのは事務職員
鉛筆一本消しゴム一個に
なぜそれが必要なのか報告をあげ
何度もやりとりが必要なのでした
結局文房具が届いたのは2ヶ月後
その時担当者が放った一言
「2ヶ月も経っているのに
 まだ手に入らないんですか?」
こちらは改善には至っていません
どこに声をあげればいいのでしょうか?

D-EST(Disaster Education Support Team)
の設立も身を結びつつあります
災害時に派遣される
DMAT(ディーマット)
Disaster Medical Assistance Team

という全国的な医療チームがあります
教育の分野では
兵庫県のEARTH(アース)
Emargency And Rescue Team by school staff in Hyogo
など一部の県で災害時教育支援チームがありましたが
これを全国展開する教育版DMATとして

DEAT(ディーイート)
Disaster Education Assintance Team
の設立を提言したところ
なんか食べ物みたいで座りが悪かったのか
名前は少し変更となっていますが
D-EST(ディーエスト)が設立されたのです
石川県でもチーム結成に向けて動き始めています