おさんぽメガネ
2026年3月4日 13時08分794 日目
今日はトルコからの高校生を招いて
交流をする予定でした
ところがイラン空爆により
中東の航空機が飛ばず
来日が叶いませんでしたので
予定を変更して
様々な活動を行いました
午前中は「おさんぽメガネ」
先生と生徒が一緒にお散歩しながら
目に映る様々なものに対して
教科のメガネで眺めてみましょう
というアクティビティです
エストニアの学校で
実際に実施されている
授業形態です
3つのグループに分かれて
お散歩しました
感想を載せます
① 最初のグループは朝市へ行きました
復旧と復興の境目って難しい
単に観光地化してはいけない
住む人の生業も考えないと
卒業したら一旦輪島を離れるけど
帰って来る理由が欲しい
それが朝市ならいい
誰のための朝市なのか
考えないといけない
全部更地にしてしまった方が
やりやすそうだけど
輪島らしさを残す必要がある
ゼロから新しいものを作っても
意味がない
② 次のグループは学校の中です
今は仮設校舎で勉強しているので
久しぶりに傾いた本校舎に入った
改めて入ってみると
結構傾いているのにびっくり
屋上から街を眺めて
崩れている山肌に驚いたし
空き地だらけになったのに
悲しくなった
SNSで見たりするのと
実物では全然違う
安全を確保した上で
傾いている部分を
遺構として残したらいいのに
壁に寄せ書きなんかしたりして
私たちにしてみたら
今いるところは仮設校舎でしかないけど
今度入ってくる1年生にしたら
高校生活の思い出を作る場所
いずれなくなることが
あらかじめわかっている場所で
これからの高校生活を送るって
どんな気持ちになるのかな?
③ 最後のグループはお寺です
ご住職にお話を伺いました
「境内で炊き出しした時には
ケンカもあった
でもそれも含めて
一番復旧したいのは
人と人とのつながり
倒れた灯籠は直せない
空いた土地を公園にしたい
地震後参拝者は3分の2に減ったが
支援者との新たな繋がりができた
真っ先に支援に入ったのは
トルコからだった
トルコ大使館からの命令で
キャラバンを組んで
やってきてくれた
震災があったからこその
発見もあった
地殻変動のおかげで
かつてあった井戸が見つかったり
普段手が回らなかったところの
掃除をしたら新品同様になったり
今は復旧と復興と掃除をしている」
いっしょにお昼を食べました
OECDのみほさんは
パリ生活が長く
日本語をほとんど使わない生活なので
たまにお茶目な日本語を使います
お昼ご飯の時間をそろそろ
締めようかという時に
「みなさん
宴も竹藪ではございますが・・・」
今日はある意味非常事態でした
トルコからの高校生が来れず
午後からの学校行事の日程が
すっぽり空いたのです
一番簡単なのは
元の時間割どおり
授業をすることです
がしかし
普段職員朝礼はしないのですが
今朝は特別集まってもらいました
2024年1月2日の
このブログに書いた話をしました
「戦後の焼け野原に子供を集め
教科書も文房具もない中
希望を語り続けた先生がいる
もし自分がその立場ならどうする?」
先生方は職員室のホワイトボードに
自由に書き込みプランニングを
始めました
代表生徒たちにも同様の問いを
投げかけてありました
結局生徒側の案を採用したのですが
休み時間に自主的に集まって
話し合う若手教員たちの姿を見て
とても頼もしく感じました
午後は
生徒グループと教師グループ
それぞれでワークショップをしました
私もひとつの教員グループの
コーディネーターを務めました
「コーディネートはこうでぃねえと」
とばかりに頑張りました
お題
「今回のイラン空爆をネタに
自分の教科の授業を一本作ってください」
英語の加藤先生は
「トルコの生徒と( )について
交流しよう」
国語の濵田先生は
海外交流の基本『話し方』について
教えてくださいました
相手の『左目』を見て話すと良いのだそう
数学の通先生は
「航空機が飛べなくなって
来日予定の高校生が来れなくなる確率を
フェルミ推定を用いて
推測しなさい」
物理の岡田先生は「
ステルス型戦闘機が
なぜレーダーの網をかいくぐれるのか
その構造と驚くべきメカニズムについて
わかりやすく解説してくれました
地歴の竹田先生は
今回の暗殺により
イラン国内でも歓迎と反発の
ふたつの対立があることを
教えてくれました
保健体育の中野先生は
トルコと日本の医療制度の違いについて
具体的な例を挙げて教えてくれました
たとえば盲腸の場合
日本は4日間で6万円なのに対して
トルコは1日あたり100万円
改めて日本の保険制度の
素晴らしさを知りました
商業の木村先生は
日経株価の暴落を元に
空爆が与えた損害を
シミュレーションしてみました
7人の先生で
7限分の授業ができました
実際に世界で起こった事実を元に
一つのテーマを
複数の教科のメガネで見る
教科横断型の授業ができました
一昨年の九月の洪水で
土砂に埋もれてしまった
珠洲市大谷町に
地震ではびくともしなかった
お寺がありました
以前ご住職に伺った話では
そのお寺は全て
大谷町で伐採された木材で
建てられたそうです
奈良県の斑鳩の里にある薬師寺には
千二百年前に建てられた東塔と
数十年前に再建された西塔が
向かい合って建っています
全く同じ形に見えますが
新しい西塔は東塔に比べて
一尺ばかり高く作られました
宮大工の教えの中に
「木を買わずに山を買え」
とあります
大谷のお寺にしても薬師寺にしても
木が山に生えていたままの状態で
柱として使われています
山の南で育った木は南側に
北の木は北側に使われ
向きも生えていた通りに
使われます
南の木は成長が早く
北の木は成長が遅いので
重さや節のあんばいが異なります
北の木と南の木を逆におくと
長い年月が経つと建物が
ねじれてきてしまうのだそうです
法隆寺の五重の塔は
解体修理の際に瓦をおろした途端
その重みから解放されて
60センチほど高くなったそうです
ギターを保管する時は
スピーカーなどの音の出るもの
のそばに置けと言われます
いろんな音を吸収して
『鳴り』のいい楽器に
育っていくのです
まさに木は
切られても生きているのです
だから山にあったそのままの状態で
建物を作るのが理想なのです
「やはり野におけ蓮華草」
生き物は生まれ育った場所で
一番力が発揮できるということでしょうか
さらに建物を建てるときには
くせのある木を使います
例えば右にねじれる木と
左にねじれる木を組みあわせると
お互いに支えあって
強い建物になるそうです
また
大きな寺を建てている部材は
全てが手仕事で作られているので
少しずつ形や大きさが異なります
同じものが一本もなく
それぞれが不揃いなのです
それでいて
その不揃いの物を並べてみると
全体としてみごとに
調和がとれるのです
人間も同じですね
いろんな個性がぶつかりあって
そしてそれが大きな力となるのです
薬師寺の西塔を一尺高くこしらえた
冒頭の宮大工さんはこうおっしゃいます
「二百年後には縮んで同じ高さになる。」
遅々として進まぬ復興につらくなった時
この話を思い出してみてはいかがでしょう
二百年先を見つめる目から見れば
今の苦労など
取るに足らないことのように
思えてきます
しょせん我々は
長い歴史の一瞬を
生きているに過ぎない
のかもしれません
宮大工さんは続けました
「木というものは
厳しい環境で育ったものほど強い
私は
山の高いところでポツンと一本
常に厳しい風に吹かれて育った木を
建物の最も大切なところに使います」
卒業生に贈った
学校だよりに
こんな言葉を寄せました