卒業の日
2026年3月3日 11時07分793 日目
「あの日見た夕日
あの日見た花火」
東日本大震災の時につくられた合唱曲
『群青』のフレーズです
今年の卒業式には
ぜひこの曲を歌いたいと
心に決めていました
あれは地震から間もない頃
登校できた生徒はわずか数十名
冷たい体育館の地べたに
輪になって座り込んで
「上から降ってきた復興計画に
そのまま乗っかるな
自分たちが将来住む街だから
自分たちの手で創ろう」
街づくりプロジェクト
『街プロ』の始まりでした
「どうする?」
「もうだめかも」
そんな生徒たちが
少しずつ変わっていきました
前を向いて歩き始めました
歩き始めた
はずでした
そんな思いは無惨にも
9月の豪雨災害で
流されてしまいました
輪島塗は
何度も何度も塗りを重ねます
そのたび漆同士の絆が強くなって
あの美しさが生まれるのです
生徒たちも
何度でも何度でも
立ち上がってきました
街のみんなを元気づけようと
花火の打ち上げを
計画したグループがありました
自分たちでクラウドファンディングをして
自分たちで花火業者と交渉して
自分たちで当日は仕込みにも加わって
未来への希望をのせた花火が
夜空へと消えていきました
もうひとつ大空へ消えていった希望
それは野球部夏の大会最後の試合
坂口くんが見せてくれました
坂口くんはその大会
決して本調子ではなかったと思います
それでもセンターの一番遠いところから
誰よりも大きい声を出し続け
チームを鼓舞していました
最後の打席でも
タイミングは全然合ってないし
ボールとバットは天と地ほど離れているし
空振りした後よろけるし
それでもさも自信ありげに
大きくうなずいているのでした
「おいおい
その自信どこから来るの?」
と心の中で突っ込んだ
次の瞬間でした
坂口くんが捉えた打球は
レフトスタンドの遥か彼方
夕日の差す大空へと
消えていたのです
試合が終わった後で
坂口くんに尋ねてみました
「空振りするたびに
大きくうなずいていたけど
あれは何か計算があったの?」
坂口くんは一言
「うつむいたら負けですから」
決して自信があったから
うなずいていたのでは
なかったのです
必死で
不安と戦っていたのです
あるファンの方が
こんな言葉を贈ってくれました
「一番頑張っていた彼に
神様が用意してくれた
贈り物ですね」
私はこれはきっと
被災地のみんなへの
贈り物だと思います
どんな苦しい場面でも
希望を捨てず
前を向いて進んでいけば
きっと輝かしい未来が待っている
このことを
教えてもらった気がします
「ああこの街で生まれて
君と出逢い
たくさんの思い抱いて
一緒に時を過ごしたね
あれから二年の日が
僕らの中を過ぎて
三月の風に吹かれ
君を今でも思う
あの日見た夕日
あの日見た花火
いつでも君がいたね
あたりまえが幸せと知った
涙のあとにも見上げた夜空に
希望が光ってるよ
きっとまた逢おう
この街で逢おう
僕らの約束は消えはしない
漆の絆
また逢おう
漆の街で」
今日の卒業式では
こんな式辞を述べました
被災以来ずっと寄りそいくださっている
鳳山様からも卒業お祝いメッセージを
いただきましたので
紹介させていただきます
「輪島高校 卒業生の皆さん
ご卒業本当におめでとうございます
皆さんが今日まで歩んできた道のりは
決して当たり前のものではありませんでした
その困難を乗り越えて
今日を迎えた皆さんの表情は
誰よりも輝いています
私たち株式会社鳳山は
今も復興支援を通じて
皆さんのそばにいられることを
心から誇りに思っています
実は
私たちが能登半島の各地25カ所に
「きんじょの本棚」を設置したきっかけは
他でもない皆さんとの
「文化祭」での出会いでした
あの日
文化祭で皆さんが見せてくれた
最高の笑顔と力強く前を向く姿
それに触れた私たちは
「このエネルギーを能登全体に広げたい」
と強く心を動かされたのです
皆さんの情熱が
本を通じて人と人を繋ぐ
新しい復興の形を生み出してくれました
皆さんは
自分たちが思う以上に
この町に大きな希望を与えてくれた
ヒーローです
これから新しい世界へ
飛び出す皆さんも
自分自身の力を信じてください
皆さんが輪島で灯した希望の火は
これからもこの地で
そして皆さんが進む先で
明るく輝き続けるはずです
私たちはこれからも
皆さんの故郷をしっかりと守り続けます
卒業おめでとうございます!
皆さんの未来のご多幸お祈り申し上げます。
株式会社鳳山 スタッフ一同