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校長室より「おこらいえ」

「おこらいえ」って何?

2024年1月8日 06時21分

8日目の朝です

外はすっぽり雪に覆われています

 

 

 

 

 

 

除雪が必要なほどの積雪はなく

ひとまずほっとしています

 

生徒を元気づけようと続けているこのコラム

他にも多くの方に見ていただいているようで

温かい励ましのメールなんかもいただいています

本当にありがとうございます

 

タイトルの「おこらいえ」について

 

どこかフランス語の響きにも似たこの言葉

これは輪島の「あまさん」の言葉です

意味は第1回のコラムを見てください

 

輪島の「あま」は

前田のお殿様(利家公?)から

特別に武士の称号を与えられた特権階級です

ですので多くの「あまさん」が住む町は

「海女町」ではなく「海士町」と書きます

 

現在避難所にも多くの方が身を寄せています

「じょー、おこらいえ」

「なだ、なにか」

など「海士町」の言葉が飛び交っています

 

輪島の「海士町」はとてもパワフルな町です

「おどらんな、じしんぐれえ、なしたちゃか!」

(てやんでえ、地震ぐらい、くそくらえだ…みたいな意)

とっても元気をもらいます

自分は誰のために何ができるのか

2024年1月7日 21時32分

震災から7日目

全国から続々支援の手が

 

今日、本校に来てくださったのは

宇都宮からの「Japan 元気塾」さん

愛知からの「Humanity First」さんです

 

「Japan 元気塾」さんは

子どもたちの未来を創るための

社会貢献活動をしていらっしゃる団体で

今回は被災者の皆さんに

温かいうどんとおいしいお漬物を

振る舞ってくださいました

 

 

 

 

 

 

 

「Humanity First」さんは

英国に本部がある国際NGOで

東日本大震災など多くの支援を続けておられ

今回は温かいチャイ(紅茶)と

スパイシーな豆カレーを

ご馳走してくださいました

 

本来明後日から学校が始まるはずでしたが

校舎の安全が確保されないので

生徒を登校させる訳には行かず

学校再開の目処が立っていません

 

本校校舎は

1、2年生が学ぶ1号棟と

3年生が学ぶ3号棟があり

それを職員室のある2号棟が繋いでいます

 

今回の地震で2号棟が他の2つの棟から断裂し

斜めになり倒壊の恐れがあります

(避難民は1号棟に、感染対策棟は3号等にあり安全です)

 

 

 

 

 

 

生徒には次のようにメールで呼びかけました

 

避難所の様子をしっかり観察してください

誰がどのように動いているのか?

そしてしっかり考えてください

自分は誰かのために何ができるのか?

机の上で学ぶことだけが勉強ではありません

ボロボロになった自分の生まれた街から

決して目を逸らさないでください

 

大谷翔平選手が今回の震災に対して

100万ドルの寄付をしてくださいました

大谷選手は16歳の時に

東日本大震災で被災しています

当時一緒にプレイしていたチームメイトの中には

大切な家族を失った方もいるそうです

 

昨年全国の小学生に配られたグローブ

自分の記憶では

石川県の分は確かまだ各校には配られてないはず

だとすれば県のファインプレイ

これから被災した小学生に配られるグローブは

大きな勇気を与えてくれることでしょう

 

昨年3月11日に

WBCでチェコ戦に登板した佐々木朗希選手は

小学校3年生の時に同じく東日本日本大震災で

大切なお父さま、おじいさん、おばあさんを亡くしています

「つらさや悲しみは消えないけれど

たくさんの人たちに支えられて野球に打ち込めた」

と語っています

 

羽生結弦選手も

16歳の時に東日本大震災を経験し

避難所生活を余儀なくされています

自叙伝『蒼い炎』の中で

「今でも目を閉じるとたくさんのことを思い出す」

と語っています

 

つらい思いをしたからこそ

そしてそれを乗り越えたからこその

世界に羽ばたく強さと

そして優しさを兼ね備えた

素晴らしい3人のトップアスリートです

 

こんなに素晴らしい先輩たちがいるのだから

君たちにもきっとできる

そう信じています

 

今日

これまで連絡の取れなかった

最後の一人の女生徒が

学校に顔を見せてくれました

お正月を祖父母の家で過ごし

そのまま被災、道路の分断により

電波の届かない場所に

取り残されていたのだそうです

今日は5キロ以上の道を

瓦礫の山を越えて

歩いて脱出してきました

残してきた祖父母に

ヘリコプターで物資を届けて欲しいと

語っていました

 

これを書いている今、夜中の10時

不気味な余震が何度となく襲ってきます

自宅にいるのが怖くなって

新たに避難所に来るお年寄りを迎えます

 

遠くで叫び声が聞こえます

幻聴か?でも確かに…

亡くなった方の心の叫びか?

怖くなります

おそらくこの時間になっても

捜索を続けている方の声なのでしょう

 

今朝、124時間ぶりに救出された方の

新聞記事がありました

普通72時間が限界と言われているのに

 

一人でも多くの方の命を助け出そうと

諦めずに頑張っている捜索隊の方々に

感謝の思いでいっぱいです

被災地が必要とするもの

2024年1月6日 19時21分

地震から6日目

まだまだ震度5クラスの余震が襲ってきます

地震の前には不気味な地鳴りも

 

一睡もできなかった今朝も

トイレの水漏れ騒動から始まりました

懸命に雑巾で拭いていると

一緒に拭いてくださる方が…

見ると昔の教え子や

今の生徒のおかあさん

人の緣を感じます

 

人の緣といえば

支援の輪もどんどん大きくなってきています

直接持って来られる方や

メールで何が欲しいか聞いてくださる方

その方々には

ブログでおねだりしますと答えたので

震災後に欲しくなるものリストです

 

第1〜2日目

「水と毛布と懐中電灯、あればモバイルバッテリー」

 空腹は感じません とにかく水

 あと寒さがこたえました

 夜の暗闇は異常に怖いです

 配給が届くまでの2日間

 最低これがあれば生き延びれる

 これらは自分で準備すべきものですね

 あとコンタクトの洗浄液がなくて

 困っている人に貸してあげたら

 ほとんどなくなってしまいました

 

第3〜4日目

「パンとラジオとゴミ袋、簡易トイレと甘い飲み物」

 ようやくお腹が空きはじめます

 何かを口に入れるとその結果として…

 あと嬉しかったのが

 NHKさんがくださったラジオでした

 生活によるゴミが溜まり始めるのがこの頃

 

第5〜6日目

「パンツ靴下おせんべい、水の要らないシャンプー」

 着の身着のまま逃げ出して

 ずっと同じ服と下着

 特に靴下を変えたいです

 衣料が欲しくなるこの時期

 せめて衣類の消臭剤があれば…

 自分の身の回りでは

 おせんべいがあっという間に

 なくなりました

 塩分を欲する頃なのでしょうか

 今回うちの避難所に限っていえば

 食料が圧倒的に不足しています

 

以上、あくまで個人的なランキングです

日によって必要なものは変わってきます

今でも瓦礫の下敷きになっている方も

いらっしゃる中贅沢は言えません

 

夕方から慌ただしい動きが

感染症対策室が設置されました

そういえば感染症が広がるのが

この時期なんですね

マスクも必要になってきます

 

 

 

 

 

 

電気が戻りました

2024年1月5日 22時05分

地震から5日目

ついに電気が灯りました

本当は3日に点くはずだったのですが

北陸電力さん

電気保安協会さん

電気商会さん

それぞれの持ち場全てで

不具合があったそうです

順番に直してようやく本日復旧

本当にたくさんの人のおかげで

普通の生活が守られているんだなと

改めて感激です

 

電気ってこんなに明るかったんだ

まったりしていると

突然生物実験室からガス検知器の音が…

駆けつけてみると

異臭とともに目に飛び込んできたのは

倒壊した棚と散乱した生物標本

保存びんが割れてホルマリンが床一面に

復旧した検知器が一斉に反応したのでしょう

 

ホルマリンとはホルムアルデヒドの水溶液で

シックハウス症候群の原因となる

発がん性のある危険物質

ホルムアルデヒドは

メチルアルコールから水素が奪われてできます

アルコールから

水素(ヒドロゲン)がていくからアルデヒド

(ちょっと違うけど…)

輪高受験生のみんな

読んでるか?共通テストに出るかも

(私は化学の教員です)

 

ともあれ

これから入って来る避難民を

シックハウス症候群にする訳にはいきません

さっそく除染作業の開始です

 

水で薄めながら雑巾に吸い取らせます

手につくと手がホルマリン標本になるので

慎重に慎重に

ガラス瓶の破片を除けると

大の苦手のヒキガエル!

突然蘇ったらどうしようと

恐る恐るつまみ出します

次亜塩素酸で消毒して完了

検知器の警報音も鳴り止み一安心

 

午後3時過ぎから

避難民の受け入れが始まります

避難先は1、2年生教室と格技場

避難生活の疲れからかかなりイライラした方も

受付係はお医者さんと看護師さん

本来業務外に駆り出されているのに

クレーム対応までしなければならないなんて

なんだか教員の働き方みたい

協力してなんとかイライラをおさめます

中には「ご苦労様」と

優しい言葉をかけてくださる方も

 

なんやかんやで受け入れ完了が午前0時

 

 

 

 

 

 

長い一日だったな

毛布にくるまりこのコラムを書きながら

ウトウト…

 

「火事です!」突然火災報知器が…

数日前の恐怖が頭をよぎります

慌てて飛び起きて確認すると

火元は格技場

駆けつけてみると

みなさん何事もなかったかのようにスヤスヤ???

それでも報知器が鳴り止みません

消防署に通報して来て見てもらいました

原因は

ジェットヒーターによる格技場の温まりすぎ

外気温との差によって作動する報知器が

どうやら誤作動したようです

どうりで小さいお子さんが

毛布を蹴散らして寝ている訳です

一酸化炭素中毒も心配です

換気もすませて午前3時

 

キャー

今度は仮設トイレで悲鳴が…

駆けつけてみると

便器の外にでっかい「う◯こ」

ホルマリンの次は「う◯こ」の除染です

除染完了午前4時

 

少しでも休もうと横になっても眠れません

コラムでも書いていれば

そのうち眠くなるかなと思い

このコラムを書いていると

空が明るくなってきました

 

おはようございます

避難生活6日目の朝です 

避難所開設に向けて

2024年1月4日 23時19分

輪島高校を避難所として開設するため

教頭先生と2日から泊まり込みで

準備を進めています

 

昼間には何人もの先生やOB、OGが

手伝いをしてくれています

いろんな方に助けていただいています

 

各地の自衛隊の方々が

続々グラウンドに集まって来ます

頼もしい限りです

 

 

 

 

 

 

背景の傾いたビルが

震災の激しさを物語っています

 

なんでも終戦の翌日には

もう郵便が届いていたそうで

日本って国は本当に素晴らしい

 

街を歩いてみると

トルコから炊き出しのボランティアが

日本だけじゃなく

世界から支援の手が差し伸べられています

 

オンラインで生徒の安否を確認していますが

電波事情が悪いようで

3分の1しか回答が得られません

そこで教頭先生に避難所を回ってもらいました

すると前期の生徒会会長が

ほとんどの生徒の安否を把握していて

その実行力と生きる力に感心しました

 

彼は昨年、本校の100周年記念式典で

生徒代表挨拶を務めた生徒です

あまりに堂々とした挨拶に感動した校長は

「虎の涙」という限定販売の焼酎を

「二十歳になったら呑めよ」と

阪神ファンの彼に送ったのでした

その焼酎、震災で割れていないといいけど

 

昼になると「先生食べてー」と

生徒が食パンを持って来てくれました

スーパーで配ってくれるものを集めて

いろんな人に 

配って歩いているんだそうです

本当は自分たちだって

お腹すいてるんだろうけど

 

ありがたくいただきました

ほとんど飲まず食わずだったので

心にしみました

ハクにもらったおむすびを頬張る

千尋の気持ちがわかるような

 

陽が沈むとあたりは真っ暗です

余震が起こるたびに怖くなるけど

その代わり星がとても綺麗です

 

「星が綺麗ですね」と語りかけたときの

最も悲しくなる返事は「星は綺麗ですね」

最もときめくのは「今なら手が届くかもしれませんよ」

これって何のオマージュかわかりますか?

国語が好きな人ならわかりますね

 

大好きな国語の授業を受けれる日が

一日でも早く訪れますように

令和6年度 志願者心得

2024年1月4日 08時56分

輪島高校への進学を希望している

中学生のみなさん

大変な今だからこそ

未来をしっかりと見据えて

希望を失わずできることから

一歩ずつ着実にやっていきましょう

 

本日は高校入試の志願者心得を

お届けする日だったのですが

学校にはまだ電気が届いていないので

どうすることもできません

 

そこでとりあえず写真で見ていただきます

見にくくてごめんなさい

電気が復旧次第正式なもの

および定時制のものをアップしますね

 

4月にみなさんをお迎えできるよう

全力で準備していきますね

みなさんも負けずに頑張りましょう 

 

奇跡の一軒家

2024年1月4日 03時40分

焼け野原となった街を見に行きました

あちこちでまだ煙がくすぶっています

 

一面燃え尽くされた隅っこに

我が家だけポツンと残っていました

 

 

 

 

 

 

東日本大震災の時の

「奇跡の一本松」を思い出します

新聞等で報道されている写真には

写ることのない本当の端っこです

 

でも焼け残ったのは

実は奇跡でもなんでもないのです

 

こんな大火災になった時は

街区の端っこの家に

とにかく水をかけて

なんとかそこで延焼を

食い止めるのだそうです

確かに道を隔てた先には

炎が燃え広がった跡が

見られませんでした

街の全滅から守ってくださった

消防の方々のお力に

心から感謝申し上げます

 

我が家は

水浸しになりながら

なんとかここで炎を食い止めようと

必死で持ちこたえていました

 

そう思うと

自分もしっかりしないと

生徒のために何ができるか考えないと

力が湧いてきます 

 

家の中に入ってみました

水をたっぷり吸った床を踏むと

ふにゃふにゃでした

 

到底住むことはできないので

いずれ取り壊されます

「本当によくやった」

褒めてやりたいです

 

新婚旅行の思い出の

コアラのぬいぐるみだけ

持ち出して来ました  

始業式で話そうと思っていたこと

2024年1月3日 06時09分

1月9日に始業式を行うことができるのか

できたとしても全員揃うのは

難しいだろうから

始業式で話そうと思っていたこと

ここに記します

 

今日はたしか箱根駅伝の復路の日

それどころではない輪島市では

どこの第六走がトップで箱根の山を下るのか

確認しようもありませんが…

 

箱根駅伝は1920年に始まって

今年で第100回

1923年に創立した本校も

今年創立100周年

あれあれ?

3年のずれが?

 

そう

箱根駅伝には

途中3回の中止の歴史があるのです

 

日本が中国に戦争を仕掛けた昭和14年

東京師範学校(現在の筑波大学)の選手のもとに

召集令状いわゆる赤紙が届きます

 

召集令状とは

戦士として戦場に赴けという命令であり

受け取った方の中には

君たちとそう年の変わらない方も…

多くの若者が特攻隊として

「靖国で逢おう」を合言葉に

敵艦に体当たりして

若い命を散らしました

 

靖国神社とは

坂本龍馬や西郷隆盛

この国を作るために

命を落とした方々を祀った神社で

戦争で亡くなったら英霊として

その神に招かれると

信じられていたのです

 

山下りを得意としていた彼は

第六走つまり2日目の第一走を

走ることになっていました

 

ところが召集令状の命令は

まさにその2日目までに

熊本まで来いというもの

 

自分の夢であった箱根は走りたい

でも軍の命令は絶対

箱根を走るのは不可能に思えますが

ある工夫によって

夢であった箱根を走り切ります

 

その工夫とは…

 

どうしても箱根を走りたかった彼は

急きょ第一走と交代し

襷を渡したあとそのまま

熊本行きの列車に飛び乗り

戦地へと赴いていったのだそうです

 

その出来事の翌昭和15年

箱根駅伝の中止が軍部から申し渡されます

ここは戦争に必要な物資を運ぶ重要な道である

兵隊さんがお国のために戦っているときに

そこを走るとは何事か

 

結局昭和17年までの3年間

箱根駅伝は開催されませんでした

 

ところが箱根を走りたいという選手の熱意が

昭和18 年ついに軍部を動かします

戦禍が激しくなって来ている中

そんなことは不可能に思えますが

大会の運営方法に工夫を加えることで

箱根駅伝が復活します

 

その工夫とは

 

スタート地点とゴール地点を

靖国神社に変更したのです

我々はお国のために走るのです

靖国を飛び立ち

そして靖国へと帰って行くのです

そう軍部を説き伏せたそうです

 

どんなに困難な場面であっても

工夫次第で道は拓ける

箱根駅伝にまつわるふたつの話は

このことを教えてくれています

 

今輪島市は復興に向けて歩き始めました

道のりは遥か遠いけれど

工夫を重ね歩んでいきましょう

立ち上がれ!輪高

2024年1月3日 00時34分

今、石川県は大変な状況になっています

とりわけ輪島市は地震による倒壊に加え

大火災によって

住む場所を失った生徒がほとんどです

 

1月2日(火)震災後初めて学校に入りました

 

 

 

 

 

 

 

 あまりの酷さに絶句

 

私は教師として真の教育とは何か

常に問い続けて来ました

 

ある時ある先生の教育実践に出会い

その時から

これが真の教育であり

教育の原点だと思うようになりました

それ以来そうありたいと思い

これまでの教員生活を送って来ました

 

これは心の中に思い続けるものであり

決して退職するまで

他人に話すことはないだろうと

思っていたものなのですが

 

その先生の教育実践とは

 

お名前までは覚えていませんが

戦後の焼け野原で子供達を集め

何にもない広場で

教科書もノートも使わずに

どんな時も学ぶことを止めてはならない

そう語りかけ

子供たちに希望を与え続けた先生の

エピソードです

 

教師がチョーク一本で

語りながら板書し続けて

生徒はひたすらそれを書き写す

そんな授業スタイルを

「チョーク&トーク」といって

昭和を代表する時代遅れな教育と

最近では揶揄されることも多いのですが

 

ICT機器など最新の教育機器が

使えないような状況になったとしても

チョーク一本で

どれだけ子供達を惹きつけ

希望を持たせる授業ができるのか

これこそが

「チョーク&トーク」の真髄だと思います

 

このことを常に考えて

自分の授業を磨き続けてきたつもりです

 

輪島市は今

ウクライナの戦場の様相を呈しています

 

でもそんな中でも

決して学ぶことを止めてはならない

それを生徒たちに伝えたい

強く強く心の底からそう思います

 

一日も早い学校の再開を目指します

どんな状況からでも

輪高は立ち上がります

 

生徒のみなさんは

学校再開のその日まで

自分で学び続けていてください

「WAJI活」発表会です

2023年12月22日 09時11分

2年生が取り組んできた探究活動

「WAJI活」の発表会です

予選を経て選ばれた5組が発表です

 

寺下さんは

「輪島の防犯対策」

防犯に関するWEBサイトを

作成中だそうです

 

村田さんは

「冬にアイスが食べたくなる理由」

日本が世界に誇る

バラエティー豊かなアイスを紹介しました

 

簏さん、坂下さん、升井さん、干場さんは

「輪島でイベントしよう」

場所探しのため実際に交渉した様子や

イベントのアイデアを紹介してくれました

 

新本さん、浅見さん、石山さんは

「輪島で昆虫食」

コオロギ食のメリットデメリット

コオロギ食を実際に作って試食するそうです

 

橋本さんは

「味の感じ方の違い」

苦手な食べ物を克服する方法を

科学的に考察しました

 

輪島市高校魅力化スタッフの皆さんにも

お越しいただき質問や助言をいただきました

 

それぞれに工夫を凝らした研究と

堂々とした発表でした