地震から 433 日目
豪雨から 169 日目
昨日
東京学芸大学の
鉄矢悦朗研究室のみなさんと
お会いしました
鉄矢教授はデンマーク王立美術院などで学び
都市計画から店舗インテリアの現場まで
幅広く企画・設計などをされながら
「都市と建築の再生」や「市民参加のまちづくり」
について研究なさいました
「モノづくりコトづくりバづくり」をキーワードに
立体・空間デザイン/デザイン教育/ものづくり教育の
研究と実践を行い
「あそびは最高の学び」をモットーに
教育・研究活動をさらに面白く深めていらっしゃいます
1時間にも満たないわずかな出会いでしたが
学生さんたちのユニークな研究についても
ご紹介していただき
研究室の魅力をしっかりと伝えていただきました
「街プロ」にも参考になりそうなお話を
たっぷりとお聞きすることができ
ぜひ本校の探究活動にも
伴走していただきたいと思いました
研究室を現在休学し
氷見市地域おこし協力隊でご活躍中の
佐藤栞さんもご紹介していただきました
(AKB48 の佐藤栞さんではありませんし
モデルの佐藤栞里さんでもありません)
氷見の子どもたちを海外と繋いだり
とっても魅力的な活動をなさっています
明けて今日私は
OECDワークショップに参加するため
大阪へ向かう北陸新幹線に乗っています
北陸新幹線には
物悲しい車内メロディーが流れます
旅のワクワク感とはちょっと違いますが
これは北陸本線サンダーバードでも流れている
谷村新司さんと仲間由紀恵さんが歌う
「北陸ロマン」という曲です
https://www.youtube.com/watch?v=3aGfGqlaX2g
冬の日本海の旅にぴったりですね
敦賀までしか延伸していないので
大阪へ行く時はここで乗り換えです
「ほんとに不便になったね」
「新幹線延びなきゃよかった」
みなさん不満タラタラで乗り換えます
乗り換えが必要な上に
値段まで高くなっているんだから当然ですね
以前駅員さんに食ってかかる人も見受けました
大阪まで伸びるまでの辛抱です
さてさて大阪では
「未来のカリキュラム」を
「散歩という日常」と「教科のメガネ」から問い直す
「おさんぽメガネワークショップ」の開催です
本校から10名の生徒が参加です
初日の今日は
「なんでやねんすごろく」で
虹色エージェンシーを体験です

すごろくを楽しみながら
「子どもの権利条約」を学びます
「なんでやねん」マスに止まったら
子どもが普段感じる理不尽あるあるを読み上げ
みんなで
「なんでやねん!」

このすごろくは
子どもの権利条約関西ネットワークの
子どもたちとおとなが開発したものです
西成のしなやかで強い芯を柱に
地域丸ごと子育ちと子育てを
見守っていらっしゃるみなさんのマインドを
学ぶことができました

本校からは4人の先生
中でも岡本先生は赤ちゃんを連れての参加です
(写真真ん中)
赤ちゃんがいても頑張ってお仕事する
おかあさんの姿を
若いみんなに見てもらいたくて
子育てがキャリアアップの妨げになるような
古いしきたりやシステムは
これっきりにしたくて
というのがねらいです
私は自校の先生が産休に入ったら
産休期間中に一度赤ちゃんを連れて
職員室に来るように伝えています
先生方が赤ちゃんと実際に触れ合うことで
その先生が職場復帰後に
子どもの病気で学校を休むときに
他の先生方が
「あっあの子か!がんばれ」
って休みやすいんです
最後にみんなで記念撮影

先日行われた
輪島市の成人式の模様が
公開されました
昨年震災で開催できなかった
今年21歳を迎えるみなさん
そして今年20歳を迎えるみなさん
それぞれを2日間に分けて行いました
プリンセスプリンセスのドラマー富田京子さん
TUBE のベーシスト角野秀行さんを迎え
輪島吹奏楽団の方々と一緒に
本校吹奏楽部がお祝い演奏をしました
https://www.youtube.com/watch?v=G0GvYbm4_7E
本校の卒業生も何人もいます
おめでとうございます
地震から 432 日目
豪雨から 168 日目

いきなりの世界地図
しかもいつもの見慣れたものとはちょっと違う
しかしヨーロッパ諸国ではこれがスタンダード
日本はヨーロッパから見ると
世界のはじっこ
辺境の地なんですね

そして我々の住む能登半島
かつて高度成長期時代には
裏日本などとも呼ばれる日本海側に位置し
今回のような災害時には
道路が寸断され陸の孤島となるような場所です
この「裏日本」という表現は
戦前・戦後・高度成長期には普通に使われていました
「差別的な表現」とされ今は使われません
近代日本が発展する過程で
太平洋岸ベルト地帯と呼ばれる
京浜 東海 京阪神 瀬戸内 北九州地区が
政治・経済の中心となりました
これは貿易の中心が太平洋側に移ったことと
日本海の対岸の大国が社会主義国となり
貿易が激減したことによります
かつては日本海側の都市も海運でけっこう栄え
1877年には石川県の人口はグッと上がって
181万人と日本一になりました
このときの2位は新潟県で150万人
裏日本が当時の表日本でした
経済面で見ても
日本銀行金融研究所のデータによると
年収ランキング歴代日本一は
徳川吉宗第8代江戸幕府将軍の1294億円ですが
それに次ぐ第2位は加賀前田藩の1135億円です
現代においてはトランプ大統領が170億円らしいので
加賀藩もなかなかのものです
馳知事の年収がトランプの7倍ってことですもんね
世界の辺境の地日本
そのさいはての半島の先っちょ
かねてより少子高齢化に悩むこの土地で今
度重なる災害において
さまざまな社会課題が浮き彫りになっています
しかしこれは災害によって起こった新たな問題ではなく
日本全国で実際に直面している問題
さらには今後世界のあちこちで起こる問題です
少子高齢化で世界のトップランナーである
この地の高校生たちが
地域課題の解決のために立ち向かっています
本日「街プロ」発表会が開催されます
飯田高校 能登高校 門前高校からも参加があり
お互いの探究成果を発表しあいます
いつの時代も新しい芽吹きは
枝の先端から始まります

世界のはじっこ日本の先っちょ
この半島の最先端から
世界の最先端へとはばたく第一歩です
ところでさっきの地球儀の写真
撮影するときにALTのマイケル先生がいたので
『地球儀』って英語で何っていうの?
って尋ねたら
『glove』
と教えてくださいました
「いやいや『glove』 って地球でしょ
自分が知りたいのは『地球儀』の英語!」
って返したら怪訝な顔を・・・
よくよく聞いてみると
『地球儀』なんてものは
そもそも学校教育では使わないとのこと
なので概念そのものがないんですね
さらに『earth』と『glove』はどう違うの?
と尋ねると
『earth』は土でできたものというイメージで
『glove』は丸いものというイメージらしいです
母なる大地としての地球と
母なる星としての地球といったイメージでしょうか
Sun moon Mars と同列として使うのが『earth』
Sun moon Mars なども含めて使うのが『glove』なんだそうです
さらにもっと広義に球体を表す
『sphere』なんて言葉もあるよ
って教えてくれました
なるほど
気体を表すギリシャ語であり
気圧を表す単位ともなっている atm がついて
『atmosphere』
大気や雰囲気という言葉になったのですね
英単語も単なる暗記ではなく
語源や歴史も絡めて覚えると
さらに理解が深まります
教科を超えて知識をつなげ
既習事項としっかりと結びつける
新たな時代を生きる力を身につける
「街プロ」発表会でした

輪島高校以外の高校の発表です
(2)獅子舞で門前を活性化[門前高校]
地域の伝統芸能を自ら舞うだけでなく
ちびっ子向けのイベントも開催
地域の方の喜びの声も大きく
ついには同好会を発足させたそうです
(3)農業で門前を活性化[門前高校]
地元企業や農家に直接インタビュー
自分たちで野菜を直接育て販売しました
余った野菜の使い道を工夫して
トマトソースを作って調理販売しました
(4)商品開発で門前を活性化[門前高校]
震災で作られなくなった伝統のお菓子「ごらいくん」
みんなの笑顔が見たくて復興させることに
金太郎飴を作って全国展開しました
イベントでどら焼きも完売しました
(7)能登のみんなを音楽で元気づけるには?[飯田高校]
自分たちで楽器を演奏して作曲しました
作曲家 詩人 プロの演奏者の協力を得て
曲を完成させました
3月に石川県立音楽堂でコンサートを行います
(8)スポーツでのとげんき!![能登高校]
震災前と同じようにスポーツをしてみたい
こどもたちとの交流イベントのほか
ソフトテニスやバレーボールイベントも行いました
先生対象の卓球イベントも開催したそうです
(9)お店を活性化させるためには?[能登高校]
能登町のお店の活性化に取り組みました
校内の購買に出店することで店の知名度を上げます
購買の仕組みに工夫を加え持続可能性を探りました
困難にぶつかっても諦めない素晴らしい姿勢です
(10)地域デザイン〜仕事〜[能登高校]
能登町「仕事図鑑」を作りました
地元にどんな仕事があるか知ってもらうためです
現代の蔦重みたいですね「能登細見」
中学校や行政への配布も視野に入れています
地震から 431 日目
豪雨から 167 日目
1年生の調理実習が行われました
水が出るようになった調理室は
午前、午後フル回転です

地震でミシンが割れてしまったので
手縫いで仕上げたエプロンを着用して調理しました
今回は炊き出しで大人気の豚汁作りにチャレンジです

なんとこんにゃくがハートになってました
愛情たっぷりの豚汁に心身ともにあたたまりました
以上家庭科の山上佳織先生からの報告でした
3月7日(金)本校を会場に
「ぼくらのまちはぼくらがつくる」
『街プロ』発表会が開催されます
今回被災した奥能登から3校をお迎えして
それぞれの街で取り組んでいる
被災地復興の取り組みを発表し合います
日程は以下のとおりです
10:00 受付
10:30 開会式
10:40 ステージ発表
12:20 昼食
13:20 ポスターセッション
14:20 閉会式
発表の内容がまとまりましたのでお知らせします
1 「朝市復興計画~新しいスタイルの多世代朝市~」輪島高校
2 「獅子舞で門前を活性化」門前高校
3 「農業で門前を活性化」門前高校
4 「商品開発で門前を活性化」門前高校
5 「人も猫も食べれるお菓子」輪島高校
6 「みつばちプロジェクト」輪島高校
7 「能登のみんなを音楽で元気づけるには?」飯田高校
8 「能登健康増進プロジェクト~スポーツでのとげんき!!~」能登高校
9 「能登町のお店を活性化させるためには」能登高校
10 「地域デザイン~仕事~」能登高校
11 「輪島の『楽しい』をつくる」輪島高校
12 「震災を超えて響く花火の音~花火復興プロジェクト~」輪島高校
13 「海辺で映画を見よう」輪島高校
どの学校も工夫を凝らしたアイデアですね
楽しみです
どうぞお越しください
企業様とも繋がってアイデアが現実化することを
願っています
昨日の朝日新聞に
沖縄尚学野球部 比嘉公也 監督の記事を見つけました
監督は
テストで赤点を取った部員には
練習参加を認めずずっと草むしりをさせるそうです
そんなに難しい問題はつくっていない
ふつうにちょっと努力をすればできるのに
点数がとれないということは
やらなくてもいいとか
いやなことから逃げるとか
そういう要素があると
おっしゃっています
沖縄尚学の強さはそんなところにあります
人としての強さというのは
練習以外の
日常生活のあらゆる場面で
培うことができるのです
【今週の生徒の叫び】
校長ブログを読んだ生徒が書いてくれた
コメントを紹介するコーナー
今日は3月21日「春が来て君は綺麗になった」
のコラムを読んでくれた生徒からです
彼は震災により
2年生の途中から本校へ転学してきた生徒です
面接でサッカーが好きと言っていたので
入学前だけど
3月21日にいいことあるから
一度学校においでと伝えてあった生徒です
๒0๒๔年0๓月๒๑日地震から๔๑日目
季節外れの雪が降りました
この日僕ははじめて輪島高校に入りました
いつも学校の前を通ってますが
一度も入ったことがなかったのでドキドキしました
先生に呼ばれただけだったので
どこへ行けば良いかわからず
とりあえず知っている友達を探しました
久しぶりに会う友達がいっぱいいて懐かしい匂いがしました
小中学校以来はじめての全校集会を体験しました
人が多かったですがとてもワクワクしました
そそそそそしてなんと本田圭祐さんが来てくれました
まじで神すぎる
名前を聞いた瞬間興奮しました
昔から憧れお手本にしてきた選手
つい朝までYouTubeで見ていたプロサッカー選手が
目の前にいるので震えが止まりませんでした
そして彼は地震で心が病んでしまった輪島の人々に
「つらいことを体験したみんなだから
日本中の誰よりも強くなれるよ」
と激励の言葉をくれました
しびれるねぇ
この経験を糧に変えて強くなります
《左手 ナタコーン》
地震から 430 日目
豪雨から 166 日目
震災直後から
さまざまな支援のお声かけをいただいています
発災直後にあったこんなお話
「被災地の子供たちに贈り物がある
せひ全生徒に配付してほしい
さらなる支援も考えている
一家庭あたり〇〇万円を
全生徒にお配りしたい」
あるところにはあるもんだと感心しきり
「贈り物の中に連絡先を書いておく
希望する家庭は
それぞれで直接申し込んでもらう
我々は指定された金融機関に直接振り込む
学校には一切負担をかけない」
そんなことまでしていただけるのかと
細かい心配りに感謝
もともと人を疑うことを知らない脳天気な性格に加え
発災直後で混乱状態になっていた私は
「これはありがたい!即申し込もう!」
実は奥能登の他の高校にも申し入れがあったようで
ある学校の教頭先生が
「これちょっとおかしくないですか?」
冷静になって考えると確かに・・・
口座番号も含めた個人情報をこんなに無防備に・・・
そこで支援先に対して
「学校が責任持って全生徒に配付するので
一括して学校の講座に入金してほしい」
と申し入れをしたところ
それ以来連絡がありません
この支援先について調べてみたところ
その母体は・・・
怖くて書けません
気づいた教頭先生は部活動でならした先生
数々の修羅場をくぐり抜け身につけた
危機を察知する
その動物的カンはさすがです
そして発災後このように
各学校が教育委員会を中心にして
情報を共有しながら前へ進んでいます
一昨日行われた卒業式で
輪高新聞が配られました
次のようにメッセージを残しました
「誰よりもつらい思いをしたみんなはきっと誰よりも強くなれる」
サッカー界のレジェンド本田圭佑さんが
本校に訪れみんなに投げかけてくださった言葉です。
PTG(心的外傷後成長:Posttraumatic Grouth)という言葉があります。
(1)「他者との関係」他者を思いやる気持ちが強くなります。
そしてつらいときには誰かに頼ってもいいんだと思えるようになります。
(2)「新たな可能性」が生まれます
それまで描いていた人生の道筋とは異なる方向性を余儀なくされます
だからこそ新しい可能性が開けてきます
(3)「人間としての強さ」が芽生えます
つらいことに見舞われてそれでも今まだ自分は生きている
自分が思う以上に自分は強いと実感できます
(4)「精神性的な変容」が訪れます
人間の存在を超えた現象や事柄に向き合うことで
生き方や魂について思いをめぐらせるようになります
(5)「人生に対する感謝」の気持ちが溢れてきます
これまで当たり前と思っていたことが実は奇跡
変わらない平凡な毎日にこそ感謝の気持ちを強く感じるようになります
例えば野球部の生徒たち
無惨に砕かれたグラウンドを目にして自分たちのグラウンドを元通りにしたい
行政にかけあってもそれよりも優先すべきことがありなかなか前には進めません
ついには自分たちでグラウンド整備から始めました
どれだけ石ころを拾っても拾ってもきりがありません
それでもいつかプレイのできる日を夢見て力を合わせます
野球部は練習の前後にグラウンドに挨拶します
それは誰に?野球に神様?それって誰?本当にいるの?
今なら確信を持って答えることができるでしょう
これまで普通に野球ができていたこと
これは本当は奇跡的なことであって
そこに辿り着くまでに多くの方の力があってのことだと
身を持って感じることができたはずです
君たちの子供らが将来挨拶する野球の神様
それは間違いなく君たち自身なのです。
地震から 429 日目
豪雨から 165 日目
昨日行われた卒業式で
PTA会報「青桐」が配付されました
例年PTA役員の方々に
執筆をお願いしているのですが
今年は役員を選出せず
「全員が役員!
楽しいことだけやりましょう」
をモットーに活動してきましたので
原稿も一般公募して
「ぜひお子様に残したいメッセージを」
としました
例年に増して心のこもったものになりました
私も次のようにメッセージを書きました
「東日本大震災が起こった日は入学式の行われる少し前の日でした
新しいランドセルは手を通されることもなく津波に流されました
土砂の中からそんなランドセルを見つけたお母さんがいました
水道が来ていないので溜め水で懸命に洗いましたがきれいにはなりませんでした
悲しみの新1年生たちには新しいランドセルが贈られ
入学式を迎えることができました
でもその子が入学式の翌日から6年間背負い続けたのは
お母さんが洗ってくれた傷だらけのランドセルだったのです。
能登半島地震が起こったあと初めて高校に生徒が集まる日のことです
水道が来ていないので洗濯ができないことから私服登校を認めました
ただひとり制服で登校した生徒がいました
聞くとお母さんがその制服を持って逃げてくれたのだそうです
他にも大切なものはたくさんあったはずなのに
お母さんが真っ先に心配したのが娘の学校のことだったのです
その話を聞いて生徒と保護者の学校に対する想いを実感し
学校の責任の重さをあらためて考えさせられました
今日はその制服を着る最後の日ですね」
「ぼくらのまちはぼくらがつくる」
輪高生のまちづくりプロジェクト『街プロ』
成果発表会を行います
一般公開いたします
お誘い合わせの上ぜひお越しください
今年1年間
生徒達がとりくんできた
まちづくりの成果を
ステージ発表と
ポスターセッションで披露します
3月7日(金)より
本校の第一体育館で行います
地震で壁はひび割れ
床が窪んだ悲惨な状況の場所ではありますが
危険立入区域には指定されていませんので
その被災状況も合わせて
ごらんになっていただきます
日程は以下のとおりです
10:00 受付
10:30 開会式
10:40 ステージ発表
12:20 昼食
13:20 ポスターセッション
14:20 閉会式
どなたでも参観できます
正面玄関よりお入りください
駐車スペースはございません
あらかじめご了承願います
ステージ発表の際には
質疑応答の時間は設けません
発表グループは
午後のポスターセッションでも
発表しますので
その際に直接ご質問ご意見をお寄せください
なお今回は奥能登の公立高校より
飯田高校(午前中のみ)
能登高校
門前高校
からも参加してもらいます
高校間を超えた交流も予定しています
それぞれの学校が
それぞれの場所で
生まれたまちを甦らせるために
がんばっています
お待ちしています
ぜひお越しください
【今週のありがとう】
東大阪ロータリークラブのみなさま
貴重な備品ありがとうございます 大切に使わせていただきます
谷村誠会長はじめ神戸市立保育園連盟のみなさま
おいしいお米ありがとうございます ご家庭に配付しました
岐阜県 関商工高校 鷲見椿さんとおともだち
「能登新聞」で被災地の状況を伝えてくれてありがとう!
広島県立芦品まなび学園高等学校 祝迫直子先生
ようこそお越しくださいました そして災害支援ありがとうございます
公益財団法人 旭硝子財団のみなさま
奨学金ありがとうございます 未来へ歩き出す大きな支えです
※このコーナーでは
これまでご支援いただいた方々を
順に紹介させていただいています
地震から 428 日目
豪雨から 164 日目
卒業式が行われました
会場をお花で飾ってくださったのは
FlowerSchool Muguet の
水上 詩子 さま

昨年の音楽堂での卒業式
今年の入学式に続いて
3回目になります
金沢でフラワースクールを主宰されています
卒業生が胸にあしらう
すずらんとアイビーのコサージュも
全員分を手作りしてくださいました

スズランの花言葉は「幸福の再来」
ヨーロッパでは聖母マリアの花とされます
葉の影に隠れてしまいそうな小さな花が
被災地から立ち上がる小さな希望のようです
またアイビーの花言葉は「友情」「永遠」
アイビーが持つ強い生命力と
しっかりと絡みつくツタの性質が
力強く未来に向かって伸びていく姿を想像させます

卒業生一人ひとりに
エアリーフローラが手渡されました
名古屋市立西陵高等学校の
昨年度の2年5組のみなさんからも
お祝いメッセージカードが届きました
昨年発災後まっさきに
ハンカチとかコスメとか
女子高生ならではのアイデアの
支援をしてくださったクラスのみなさんからです
カードはこちら
20250219.pdf
仙台育英高校の野球部のみなさんからも
豪華な花の贈り物です

卒業式はどうやら雪の特異日のようでして
北陸では毎年不思議と雪がちらつきます
今朝も早くから係の先生方で駐車場の整理

思い出に残る卒業式にしようと
裏方さんもみんなで力を合わせます
会場である体育館への通路は
未だ崩れたまま
ブルーシートで覆われた通路を通ります

ゆがんだ通路をくぐると
みんなで仕上げた立派な式場へ

夜の体育祭にお招きくださった
福岡第一高等学校の校長先生や

本校にお勤めくださった
春木先生 大坪先生 矢知先生 松村先生 玉置先生
からお祝いのメッセージをいただきました

全校生徒で行う卒業式は
6年ぶりです
つまり今回の卒業生にとっては
中学高校を通して初めての経験です

どうですか?
思い出に残るものになりましたか?
小学校の卒業式に比べると
高校の卒業式は
味気なく感じたかもしれませんね
公費解体を待つだけの我が家の
タンスの下敷きになっていたギター

坂崎幸之助さんに憧れて
高校卒業のときに買った
6弦と12弦のダブルネックのアコギ
この思い出のギターで
卒業生の門出をお祝いしようと
秘密裡に練習してきました
挨拶が下手な私はお歌で勝負です
「あんなにも
すきだった
きみがいた
このまちに・・・」
選んだ曲は玉置浩二さんのメロディー
「あのころは
なにもなくて
それだって
楽しくやったよ」
下手にグダグダしゃべるより
よっぽど気持ちが伝わりそうな気がして
「メロディー
泣きながら
ぼくたちは
しあわせを
見つめてたよ」
のつもりでした
ギターを持ち上げたとたんに
カランカラン
弦にはさんでおいたピックを
ギターの穴に落としてしまいました
しっとりと6弦のフィンガリングで
静かに始まり
サビはピックで12弦のストローク
劇的なアレンジをしたつもりが
始まってもいないのに早くも破綻です
頭の中が動揺したまんま
止めるわけに行かず
案の定いきなり歌詞を間違えました
もうあとは思いついた歌詞を
適当に繋げグダグダでした
このプレッシャーに弱い性格は
どうにもなりませんね
それにくらべ
在校生代表の邑田達紀さんの送辞
卒業生代表の志田心湖(ここ)さんの答辞は
とても立派で心うつものでした

ここちゃんの答辞の中で
心に残ったのは
「嫌われてもいいからと
それでも厳しく指導してくださった先生
ありがとう」
のフレーズです
先生だって人間だから
生徒に嫌われたくはないんですよね
でも信念を持って生徒に接してくださった先生
生徒にはちゃんと伝わっています
私が見ていないところで
若い先生方はこのようにして
生徒に接していてくださったんだなと
思わず教員席の方を見てうるうるしました
式辞の最後に
卒業生みんなに向けて
ここちゃんにちなんだ言葉を贈りました
輪島に残るみんなへ
「それでもここ輪島にいる」
一旦輪島を離れるみんなへ
「それでもこころは輪島にある」
こちらもどうぞご覧ください
https://cms.ishikawa-c.ed.jp/wazifh/blogs/blog_entries/view/75/e54d6cf605868386a329026965dee8d4?frame_id=210
地震から 427 日目
豪雨から 163 日目
今日は「だがしの日」
バレンタイン
ハロウイン
海外発祥のお菓子にちなんだイベント数ある中に
唯一日本が発祥のお菓子イベントです
「DAGASHIで世界を笑顔にする会」
のみなさんが訪ねてくださり
こどもたちを笑顔にしてくださいました

本校からもJRC部と野球部の生徒が参加して
運動会や紙芝居など
こどもたちを笑顔にしてきました
輪島高校では3年に一度
生徒会誌「潮鳴」を発行しています
3年間の部活動の活躍など
生徒会がまとめあげます
今年はその発行の年にあたります
巻頭言に次のように書きました
東日本大震災を経験された方からこんな手記が届きました。
『こんな時に産んでごめん』『笑顔のお母さんでいられなくてごめん』ニュースを見ては心をえぐるような情報が入ってきて、心に余裕がなくなり子供にきつく当たってしまい、泣き叫ぶ子供から逃げるようにトイレに逃げ込む日でした。「今が一番いい時よ~」0歳と2歳の娘といると時折そう言われました。『こんなにも苦しくて泣いたり怒ったりしてばかりなのにこの日々が一番いいときなの?じゃあこれからはもっと苦しくなるの?』今でも子どもたちには申し訳なかったなと思います。確かに今思えば本当にかわいい時期だったのです。でも私にとっては一番苦しい時期でした。間違いなく一番苦しい時期でした。
あのとき私が聞きたかった未来の自分からのメッセージを書きます。
「よく毎日をすごしてるね。とりあえずご飯を食べさせて、寝させて、大きな怪我がないように大きな病気にならないように。がんばって守ってるね。部屋はぐちゃぐちゃだし、ご飯もちゃんと作れてないし、今日も怒っちゃったろうね。でもね、毎日ぐじゃぐじゃだけど生きてきてくれたから今があるよ。ありがとう。ギリギリな感じだけどよく乗り越えてるよ。大丈夫。子供たち大きくなったよ。いっぱいいっぱい心配したけど、ちゃんと成長したよ。思っていたよりもいいことたくさんあったよ。出逢いもいろいろあったよ。いつか子供たちがね、大きくなってくるとあなたも余裕が出てくるよ。そうするとね、今はできないこともできるようになるよ。子供もあなたも家族も状況もどんどん変わっていくよ。子供たちが逆に励ましてくれたりするよ。だから、もうちょっと肩の力を抜いても大丈夫。今かなり苦しいと思うから、そんなときになんとかしなくちゃって焦って思わないで。いいタイミングが来るよ。いい出会いに助けられることもあるよ。叱らなきゃ、ちゃんとさせなきゃって思わないでも大丈夫だよ。いいところたくさん見つけてあげて。そして自分もよくやってるねって思ってあげて。あんまり思えないだろうけど思ってあげて。自分が思っているより周りの人はあなたのこと「よくやってるなー」って思ってるからね。がんばってくれてありがとう。子供たちを守ってくれてありがとう。あなたの毎日が今の力になってるよ。ありがとう!」
みなさんには、未来の自分から今の自分にどんなメッセージが届くのでしょうか?
明日は卒業式です
地震から 425 日目
豪雨から 161 日目
こちらは石川県教委が準備してくださった
住む家をなくした能登地区の教員のための住宅です

小中学校の先生方16名が入居しています
廃校となった中学校の跡地に立っています
私は正直退職まで校長室に寝泊まりする
覚悟でいたのですが
おかげで風呂に入れる生活ができています
本当に感謝です
湿気がひどくてすぐ壁に青かびが生えます
ペニシリンでも作って商売しようかと考えています
写真手前が駐車場なのですが
田んぼのようなぬかるみ状態
そこで先生方は自然発生的に新しい駐車場を
定め利用するようになりました

隣には新たな棟の建設が始まっています
もともと能登地区には
アパートが不足しており
飯田高校の先生がようやく見つけたのが
輪島のアパートで
輪島高校の先生がようやく見つけたのが
飯田のアパート
60kmほど離れた学校に
お互い1時間以上かけて通勤するなど
相当お間抜けな状態が日常化していたので
その解決策にもなるのかなと思います
春になると仮設校舎の建設が始まり
早ければ秋からの運用を考えています
こちらは旧職員室
最も傾きの激しい2号棟にあります
写真が曲がっているのではありません
部屋がもうゆがんでいるのがわかると思います

先生方がいっせいにこの部屋に入り
仮設校舎へ運ぶべき荷物の
整理を始めました
このブログを読んでくださった
国連開発計画(UNDP)シリア事務所等で活躍された方から
お便りが届きました
”Build back better”という
国連機関の災害復旧支援の合言葉を
教えていただきました
ハード面で被災前より良い施設や生活基盤を作ろう
というのが本来の意味です
「災害復旧は現場復帰が基本
それ以上にする贅沢は許されない」
とする日本の行政のあり方は改めるべきです!
とはいえ金が無尽に湧いて来るわけではないですからね
難しい問題です
もうひとつこの言葉には
「被災した個人やコミュニティが
その経験を共有することが
他の地域の人たちにとって深い学びになる」
という意味も込められているそうです
このブログが他の地域への経験の共有という意味で
役に立てばいいなと
背中を押していただいた思いです
以前本校に勤めていた玉置先生が
赤ちゃんを連れて遊びにきてくれました
玉置先生のご実家は
珠洲で珪藻土の七輪の切り出しをされていて
以前の地震で工場が全壊
復旧して再開していたのですが今回また…
元気な赤ちゃんは現在8ヶ月
被災して避難生活が続く中で
それでもこの世に生を受けました
「珠洲の海で生きる」と書いて
生珠(うみ)ちゃん
とっても素敵な名前です
地震から 424 日目
豪雨から 160 日目
学年末考査3日目
教室では生徒が残って黒板を使って
自主的に教え合いの学習会を開いています

こちらもマンツーマンでの指導
英検の練習です

稲舟地区の危険区域立入禁止の指定がはずれました
発災以来初めて立ち寄ってみました

以前あった道路の脇に
新しく登る道路を建設中です

坂道から見下ろすと
全く手つかずの家がそのまま残っています

坂の上にある輪島市営野球場は
まったく使いものになりません
稲舟地区にはかつて輪島実業高校があり
閉校後は野球部がグラウンドを活用していました

野球部が使っていたグラウンドは
崩落こそしているものの
中央部は使えそうです

稲舟校舎(旧輪島実業校舎)は
亀裂が走り建物が傾き窓も割れていました

こちらは輪島市総合体育館
使えそうもないですね
子供たちが思いきり運動できる場所が
ことごとく壊されています
輪島高校の施設で使えるものがあったら
お貸ししたいと考えています
さて被災した状況で
これまでどおりのPTA活動なんかムリ!
というわけで
「楽しいことだけやろう」
「できる人だけでできることだけやろう」
昨年1年間こんな感じで
PTA活動をやってまいりました
一部の役員が苦労して電話して仲間を募り
無理矢理組織していた各種委員会
これも廃止する
次年度はそんな方針で臨みます
PTAは本来
学校と保護者が協力して
子供たちの健やかな成長を見守り
よりよい学校生活のために
活動すべきもの
それがいつしか
無理矢理役員を引き受けてもらって
一部の役員だけが苦労して
前例踏襲のためだけに
漫然と続けている
そんな組織になっていました
全国を見ても
PTA活動の見直しを進めている学校が
ちらほら見られます
まずは兵庫県川西市の保護者グループ
「ココスクール(Connecting Community School)」
1つの中学校と3つの小学校で編成しました
ニックネームは「ココスク」
こどもたちをココでスクすく育てる
という意味が込められているそうです
役員はなし
参加資格は全保護者と全教職員
活動の方針は
「子どもの命や安全に関わること」
「学校が必要とするときに繋がれること」
のふたつのみだそうです
ただ個人の声だと届かないことが
組織のだとしかるべきところに届く
なのでなくすることだけは避けました
なくなることで
子どもたちにしわ寄せが行くことだけは
避けなければなりません
また東京都のある小学校の
「PTO(Parents Teacher Organization)」
Oには「応援団」という意味もあるそう
「できるときに
できる人が
できることだけやる」
会員が好きな活動を
好きな時に手伝うボランティア制です
これらの先進校の事例を参考に
本校もPTA活動のあり方を
見直していきます
保護者と教職員全員が会員です
「やってくれてありがとう」で済まさず
全員が会員である思いを持った
組織になればいいなと思います
「それでも輪島にいる」
みなさんへのお願いです
【今週の生徒の叫び】
校長ブログを読んだ生徒が書いてくれた
コメントを紹介するコーナー
今日は2月7日「能登の我慢を日本の前提にするな」
のコラムを読んでくれた生徒からです
自分達の学ぶための場所がなくなるのは嫌ですが、市民のためとなると仕方ないような気もしてきます。でも教育長さんたちがなるべくグラウンドのスペースが空くようにしてくださっているのがとてもありがたいです。地震が起きてから関わってくださる人や起きる前から関わってきた人、皆に感謝して受けた恩を忘れずに日々生きていきたいです。やる気があれば工夫のしかた次第でどうにでもなる。《尾崎 煕》
地震から 423 日目
豪雨から 159 日目
学年末考査の2日目
生徒が熱心に質問に訪ねてきます

部屋もないので
寒い廊下で質問対応です
「動物と共生するまちづくりの会」
の石津佐智子さまより
お便りをいただきました
この会は
災害発生時のペット同室避難について活動なさっており
今回
「避難情報発令時、全市民が徒歩で行ける範囲に
最低一か所の『ペット同室避難』可能なスペースを
確保することを求める署名」
4,835筆を明石市に提出されたそうです
議会本会議のあと議長に請願書を提出され
全会派の推薦を得られたとのことです
市長に署名簿を提出し
防災担当部長 環境局長 教育委員会課長にも
訴えかけられたそうです
ここから第一歩を踏み出されることとなりました
大成建設さんとコラボして進めてきた
「転生プロジェクト」
災害ゴミに新たな命を吹き込むプロジェクトです

ビジネスコースの3年生が
卒業制作として取り組んでいたベンチ
完成して校庭に設置されました

被災地の瓦や漁網などを転生させました
表面の網目模様が漁網です

これから校庭でみんなを見守っていきます
【今週のありがとう】
金沢大学 上原 爽世花 さま
「能登写真展」成功裏に終わったことと思います
福田圭一監督はじめ遊学館男バレのみなさん
横断幕ありがとう!これからもよろしく!
For Michael Blayde's Mom
Thank you for the christmas card.Your son is doing well.
石川教育公務員弘済会のみなさま
助成事業への採択ありがとうございます
作曲家 弓削田 健介 様
「フェニックス」素敵な曲ありがとうございます
※このコーナーでは
これまでご支援いただいた方々を紹介させていただいています
地震から 421 日目
豪雨から 157 日目
3日間まるごと豪雪に翻弄され
挙げ句の果てには朝早く余震が来るなど
退屈しない連休ではありました
全国的に見ると
さまざまなイベントが行われているようで
平和でいいなと羨ましくも微笑ましい3日間でした
北海道では「昭和新山国際雪合戦」が開催され
全国から127チームおよそ1200人が参加しました
雪合戦の聖地で熱い戦いが繰り広げられました
また温泉のまち静岡県伊東市では「枕投げ大会」が開催され
全国から集まった48チームが浴衣姿で戦いました
こういったおまぬけなことを真剣にやることが大好きな私は
いつか輪島高校でチームを編成して
挑戦させたいと考えています
こういうおまぬけな大会は世界的にもたくさんあって
教育大国フィンランドにおいて
その傾向は顕著です
まずは「世界ヘビメタ編み物選手権大会」
フィンランドで特に人気のある
ヘビーメタルのライブをバックに
これまたフィンランドで人気の編み物をするという
訳のわからない大会です
そしてなんと第1回大会の優勝者は
日本人だそうで
なかなか日本も教育大国という意味では
負けていません
それから「蚊叩き選手権」
蚊が多い地方で
蚊をやっつけることを大会にして
村おこしをしちゃったという事例です
これらのフィンランドネタは
大好きなポッドキャスト番組
「そんない雑貨店」からの引用です
とっても面白いのでぜひ聴いてみてください
さて先日亡くなられた森永卓郎さんが
週刊誌に連載していたコラムの最終回を
読ませていただきました
命を削って書かれた最期のコラムには
このように書かれていました
「今後は定型的な仕事は
どんどんAIに置き換わる
数多の職業が淘汰される中
最後まで残る仕事とは何か?
それは『アート』だ
職場で新規授業を生み出す創意工夫をはじめ
『創造力』を源にした仕事は全てアートだ」
先述の「枕投げ大会」は
地元の高校生の発想が元になっていますし
「ヘビメタ編み物大会」は
一見無関係なものを組み合わせて
新しい価値を生み出したもの
「蚊叩き大会」は
弱みを強みに変えた好事例です
いずれも見事な「アート」です
地震から 420 日目
豪雨から 156 日目
ひとしきり雪が激しくなってきました
輪島では単位時間あたりの積雪量
観測史上一位タイを記録しました

雪の重みによる家屋の倒壊が気になります
雪の重さはどれくらいでしょう
さっそく実験してみました

踏み固められていない庭の一角から
30cm四方の穴を開け
その中の雪を採取しました
深さも30cmでした

これを持って体重計に乗りました

ただいまの記録 80.3kg
雪を降ろして再び体重計に

74.3kg(衣服含む)
雪の重さは
80.3 − 74.3 = 6.0 kg
体積も測ってみました
採ってきた雪を溶かして
4Lの梅干し瓶で測ると1本半

つまり6L
水の比重は1
1Lの水の重さが 1.0 kg なので
6Lで 6.0 kg
さきほどの測定の正確性が確認できました
L は ℓ のこと
ある年齢以上のみなさん
今学校ではリットルをLと表記するんですよ
ヤングのみなさん
昔リットルは ℓ と表記していたんですよ
今回は
面積 30 × 30 = 900cm2
大雑把に見繕って
0.1 m2 あたり6kg
1m2あたり 60 kg
の積雪があったと
見積もっておきます
ところで
取り出した雪片は
1辺 30cm3 の立方体です
体積は 30 × 30 × 30 = 27000 cm3 = 27L
これが溶けて6Lの水になったので
凍ることと
空気を含むことにより 4.5 倍に
体積が膨らんでいたことになります
水は凍ると体積が増すという
特殊な性質を持っています
この性質を持つ物質は
水以外には
アンチモンやビスマスぐらいしかありません
そして水は 4℃で密度が最大に
つまり一番重くなります
氷河期の海底や湖底には
4℃の水が安定的に存在していて
陸地がどんなに冷えても
その水に生物が守られて
氷河期でも絶滅せず生き延びたと
考えられています
さあいよいよ家屋の上に
どのくらいの重さの雪があるか
求めてみます

Google マップで屋根の面積を計算です
ふたつの長方形に分けて
12 × 7 + 7 × 6 = 84 +42 = 126 m3
屋根の上の雪は
60 × 126 = 7560 kg ≒ 7.5 t!
以前リフォーム会社の方が
「軽四自動車7台分
7tの重みがかかりますよ」
って言っていたのと
一致しました
今回の雪は比較的
パウダースノーに近い
サラサラの雪でしたが
いつもの北陸地方の雪は
もっと水分を含んだ重い雪なので
さらに注意が必要です
豪雪対策で最も効果的なのは
瓦を軽いものに替えることだそうです
全国から入る復旧支援の方は
まず屋根が真っ黒なのに驚かれます
生まれてこの方
これが普通と思っていましたが
言われてはじめて気づきました
昔ながらの能登瓦は
水田の土を使い
山の薪を燃料に焼成され
漆黒の釉薬で覆われており
真っ黒でずっしり重く
耐寒性に優れます
海に向かって斜面が続く能登半島の海岸線で
高台から集落を隔てて海を見下ろすと
艶やかに光り輝く瓦の表面と
青い海のコントラストに心が奪われます
この光景はNHK朝のテレビ小説「まれ」の
オープニングでも流れていました
おそらく雪が溶けやすいように黒く
日本海から吹き付ける冬の季節風に飛ばされないよう重く
進化してきたものと思われます
今回の地震でも
昔ながらの製法で焼かれたものは
限りなく強く決して割れなかったそうです
伝統をとるか
安全性をとるか
難しい選択です
地震から 419 日目
豪雨から 155 日目
発災以来長きにわたって
自衛隊の方々のご活躍の場面を
ずっと目の当たりにしてきました
床が歪み
壁がひび割れ
すきま風が入り込む
凍てつくような
傾いた体育館の中で
足の踏み場もないほどに
敷き詰められた
狭い簡易ベッドで
ひととき身を休めながら
ずっと人命救助に
当たってこられた
自衛隊員の姿を見てきたのは
生徒も同じでした
この尊い仕事に自分も携わりたい
と決意したふたりの生徒が
自衛隊に入隊します
石川県自衛隊入隊入校予定者激励会に
参列してまいりました
自衛隊さんにご支援をいただいて以来
イベントには極力参加して
お礼を申し上げることにしています
今日は入隊予定者が
ひとりずつ壇上に上がり紹介されました


主催者である石川県防衛協会の
副会長の里谷光弘様は
本校の建設にもずっと関わってくださっていて
そのご挨拶の中で
「被災民は自衛隊の車が通ると
ずっと手を合わせている」
とおっしゃっていました
先輩隊員からの激励の中に
「自衛隊は掛け算の組織である」
とのお言葉がありました
一人ひとりの力が集まると
単なる足し算ではなく
大きく広がっていくんですね
そして掛け算の怖いところは
ひとりでもゼロがいたら
全てがゼロになってしまうこと
誰ひとりゼロを許してはいけない
厳しい組織でもあります
中部航空音楽隊による激励演奏
フィナーレを飾ったのは
「星条旗よ永遠なれ」
尊い仕事に着くみなさんを送り出しました
憲法九条に関係し
自衛隊のあり方について述べるのは
難しいものがあります
あれは湾岸戦争が激しくなってきた頃の話
自衛隊に入隊したがっている息子を止めて欲しいと
担任をしていた生徒のお母さんにお願いされ
「お母さんは君を人殺しにするために
苦労して育ててくれたんじゃないと思うよ」
と今思えばとんでもないことを口にした思い出があります
何も知らない当時は
自衛隊イコール軍隊イコール戦争と
短絡に結びつけていました
自衛隊の方々の献身的な支援の姿を
ずっと見続けてきて
今では自衛隊の車に手を合わせているひとりとして
自衛隊は国家と国民を守る
本当に尊いお仕事であるとの強い想いを抱き
今日の若者の凛々しい姿を見て
式典のあいだずっと涙を堪えていたのでした
アメリカ軍が行ったある調査があります
帰ってきた兵士の銃を調べました
すると実際に銃を撃った形跡は
ほとんどないのだそうです
隊長が「撃て!」
と命令しているのに関わらずです
実際に撃った形跡があるのは
命令をした隊長のすぐ近くに陣取っていた
ごく少数の兵士の銃だけなのです
戦争という極限状態の中でも
誰も人を殺したくなんかないようです
地震から 418 日目
豪雨から 154 日目
思考力を高める問題が満載の
ダイヤモンド社の「論理的思考問題」
という本にはまっています
その中から1問紹介します
【問題】です
「25頭の競走馬がいます
レースをさせて最速の3頭を決めます
1回のレースで走れるのは5頭までです
タイム計測はできないので
目視で順位を決めます
最低何回のレースをする必要がありますか?」
このあとヒントを小出しに出していきます
本日
「輪島市本町周辺地区まちづくり協議会」
が行われました
本町周辺地区は
地震の際に火災により焼き尽くされた地区で
日本三大朝市のひとつ
輪島朝市がもともと建っていたところです
公費解体もほぼ終わり更地となっています
地区住民 高齢者 子育て世代 高校生
様々な年代の方が集まって
アイデアを出し合いました

あらかじめ3つの案が示されました

A案:「滞在時間の倍増計画」
昼夜問わず買い物や飲食を地元の子供や家族連れが楽しめるようにする
近県の顧客が食文化自然を一日通して楽しめるようにする
全国からの観光客やインバウンドも楽しめるようにする
B案:「風の人と土の人の拠り所」
風の人とは外から来た人 土の人とは地元の人
お互いに関わり合いながら里山里海の豊かな風土を楽しむ
修学旅行や研修旅行を誘致し文化体験を通して復興を学ぶ
C案:「わふうどづくり」
輪島の風土 + 輪島フード + 和風がコンセプト
ものづくりとひとづくりを通して懐かしさと美味しさの街を作る
新規移住者が相談しやすく全体では女性が活躍できる街
どれも素晴らしい案です
ただし今日はこの中から選ぶとか
ブラッシュアップするとかではありません
今日のメンバーで新しい案を作り出します
本校からも生徒10名が参加しました
大人たちに混じって
自分の案を積極的に発信していました
さて冒頭の問題の【第1ヒント】です
まず5つのグループA~Eに分けて
5回の予選レースをします
A~Eのグループ内の順位をつけて
A1 A2 A3 A4 A5
B1 B2 B3 B4 B5
C1 C2 C3 C4 C5
D1 D2 D3 D4 D5
E1 E2 E3 E4 E5
では次以降のレースは
どのように走らせたらよいでしょうか?
【第2ヒント】です
次に5つのレースの1位の5頭で走らせます
ところが
このレースの上位3頭が全体のトップ3とは限りません
なぜなら偶然3頭が同じ予選レースを
走っていた可能性もあるからです
このレースでトップ3に入らない馬を
絞り込むことはできます
仮に
1位A1 2位B1 3位C1 4位D1 5位E1
であったとしましょう
D1とE1ははずれますし
同時にD2以下とE2以下もはずれます
残った候補は
A1 A2 A3
B1 B2 B3
C1 C2 C3
さああと何回走らせればトップ3がわかるでしょうか?
【第3ヒント】です
実はあと1回のレースでトップ3がわかります
走らせる馬をどのように選べばいいでしょうか?
【今週の活動性を高める授業づくり】
このコーナーは
久留米大学の安永悟教授に学んだ
授業づくりのポイントを
お伝えするものです
生徒の聞く姿勢と話す技術を高めつつ
知識の着実な定着も図る方法です
まずは講義型の授業で知識の伝達を図ります
時間にして10分未満程度の講義です
その後4人のグループ内で
全員が学んだことを自分の言葉で語ります
話す順番は
あらかじめメンバーに1から4の番号を振っておいて
「3番から時計回り」
というふうに先生がその都度指示をします
これを繰り返します
生徒は
必ず自分がしゃべらなければならない
ことをわかっているので
話を真剣に聞きます
そしてアウトプットすることにより
知識が定着するのです
一斉講義型の授業では
常にアウトプットしている教師が
実は生徒よりも学んでいる
というおかしなことが起きているのです
クイズの【答え】です
候補として絞られた9頭のうち
A1はトップ決定です
B3はそれよりも早い馬が3頭いるので外れます
C2C3も同様です
最後のレースは
A2 A3 B1 B2 C1の5頭を
走らせればよいのです
ここまでが本に載っていた答え
でもこれにはある問題があります
それは何でしょう
B1とC1が3回目の疾走となり
不公平であるということです
このように答えが見つかったとしても
それで良いのか問いかける
批判的思考力を高めることも
今の教育で求められているものであります
地震から 417 日目
豪雨から 153 日目
OECDの
オンラインミーティングに参加しています
今日の「おこらいえ」は
いつもと雰囲気を変えて
ミーティングの内容をリアルタイムで
書いていきます
なんと3時間にも及ぶ
長時間ミーティング
生まれて初めてです
9分ほどしかない金魚レベルの集中力の私にとって
未知の領域です
どうなるのでしょう?
まずは
次期学習指導要領の改訂について
文科省の方からの報告です
少子高齢化が進むこれからの日本において
マルチステージの人生が進みます
変化が激しい世界において
テクノロジーを使って
人生を勝ち取るむしろチャンスです
新学習指導要領は
その世界を見据えています
受験知識が抜け落ちたあとで
何が残るかを重視しています
コロナで多くの国の学力が低下した中
日本だけが学力が低下しなかったそうです
それは学習指導要領に沿って
全国で同質な教育が施されたからにほかなりません
ただし教員の過度な働きに支えられた
という側面もあります
今の学習指導要領は
知識技能に支えられた思考力
というイメージが強いです
ところが新しい学習指導要領では
複雑な課題に取り組む中で
知識を身につけることを重視しています
また子どもが
自分で学びを自己調整できるよう考えています
そのために学年を分けること
あるいは授業時間を定めることにも
メスが入る可能性があります
また教師や生徒の負担をどのように減らすか
という視点でも進められているそうです
(1)自分なりの「意味・目的」の大切さ
(2)多様な子供たちの可能性の開花
(3)教師の成長過程のビルトイン
以上3つが実際に改訂を進めている方が
目指しているものだそうです
次に生徒部会からのレポートです
まずは教育課程が作られていく過程を
実際に見学した大学生からです
教育課程の柔軟性が一番気になりました
教育課程に柔軟性があると
余裕のある教育につながります
学校の外での学びにもつながります
では学校は行かなくていいのか?
そうではなくて学校でしかできないこともある
被災した輪島高校では
学校に行って友達にあうという
大きな意味がありました
次に「おさんぽメガネワークショップ」を
主催した大学生からです
教科書の中からでなく日常から学びを生み出す
「おさんぽめがねワークショップ」
特に苦手な教科において
単にドリルを繰り返すよりも
日常生活との結びつきを見つけると
その教科を学ぼうとする
内発的動機付けにつながります
輪島高校でのワークショップも紹介されました
被災地でのおさんぽから
さまざまな学びを体験できたようです
「正解」を前提としない問いかけが
新たな問いを生み出します
教科と教科を繋ぐ力が生まれます
たとえば日本史の知識によると
皇居は桜田門外の変があった場所
これを不動産業に繋げるとなんと
「皇居は事故物件だ・・・」
続いてOECDのMIHOさんから
世界の教育についての報告です
「見方考え方」と「教科横断」
このことは全世界で注目されています
ただしカリキュラムが変わったとしても
実践はなかなか難しいです
イギリスでは問い立ての重要性が議論されています
「なぜ空は青い?」
「動物にも同じように見える?」
エストニアでは「環境と持続可能な開発」がテーマです
学校の自由裁量のもと
おさんぽめがねのような
取り組みが行われています
さまざまな教科の先生といっしょに
お散歩して問いを見つけます
これら他国の例から見えた「教科横断」の落とし穴は
(1)見方考え方を教えてしまう
(2)問い自体を教師が作ってしまう
(3)先生同士の相性が悪いと困る
の3つです
さきほどカリキュラムの自由裁量が必要という
提言がされましたが
実は日本のカリキュラムは
世界的に見ても自由裁量が大きいです
教科書も他の国ではもっと分厚いです
そして「対話の時間」です
対話のルールは次のとおり
(1)あいづちやうなずきで話しやすい雰囲気をつくる
(2)あせって結論をだそうとしない
(3)キーワードにとらわれず自分の言葉で話す
(4)大人に忖度して話してほしいだろうと思われることを云わない
5人のブレイクルームに分かれて
「こんな授業があったらいいな」
をテーマに話し合いました
各グループで出された意見では
授業と授業の合間に休む場所がほしい
どんな授業がいいか話し合う授業がいい
自分が何を学んだか語れるプロセスがある授業がいい
次は「カリキュラム・オーバーロード」の話
(1)Curriculum Expansion
(2)Content Overload
(3)Perceeived Overload
(4)Curriculum Inbalance
の4つの論点があります
うーん
むずかしい・・・
ここで挫折・・・
脳にはキャパがある
必要以上に詰め込んでも意味が無い
ちょうど今の自分にぴったりな話題が
されだしたので復活
香港では宿題オーバーロード
宿題の出し過ぎが問題になったそうです
【泉大津市立小津中学校の事例】
「先生と生徒のワクワクで乗り越える
カリキュラムオーバーロード」
積み上がった書類と
「やらないといけない」という意識から
抜け出して軽やかになりました
4月1日に学校の経営ビジョンを
なんと生徒が先生にプレゼンします
生徒自身が学校の目指す姿を作り上げました
「自芯を持つ
認め合う
やわらかさで0から1をつくる」
生徒の希望から50分の授業を45分に短縮しました
かえって集中力が増しました
授業も5限で終わったり6限で終わったり
生徒の願いをもとにして
教員が授業の形を決めました
生徒達が自分達で
学ぶスペースを創ったりもします
職員室もフリースペースです
「ワクワクしながら
たくさん話し合って
解消していくもの」
それがカリキュラム・オーバーロードの解決方法です
Q:教科横断に相性のいい教科は?
A:国語はどの教科とも繋がる
英語も同様です
Q:高校入試のための学力保障は?
A:経年変化を見ると成績は伸びてきている
長時間やれば成績が伸びる訳ではない
先生が教えた ≓ 生徒が学んだ
【福島県立郡山高校の事例】
「既存の教科でプラスする
データサイエンスコース構想」
今のカリキュラムの弱点は
(1)知識を使う場がない
(2)教科がばらばらで繋がりを学ぶ機会が無い
(3)クリティカルシンキングの鍛え方が弱い
これらの課題を解決するために
新教科を作ると教員の負担が大きくなるので
既存の教科を活かしたクロスカリキュラムを
考えました
(1)新しいコンテンツを作る系
(2)一部を別教科で深掘り系
(3)1年間を通じた連携系
ウクライナからの中学生が
数学の中点を求める問題で
「なぜ中点を求めるの?」
と日本の先生に尋ねたところ
言葉につまりました
この中学生は
数学コンテストで優勝するほどの生徒です
なぜ学ぶのかを理解して学ぶので
深い学びにつながるのです
しかしながら
協力的ではない教員もいらっしゃいます
原因は
① 変化を拒む免疫システム
② 専門外のことを教える不安
③ 教科書を終わらせないといけない不安
④ そもそも効果あるの?問題
⑤ 新しいことしたくない問題
大事なのは
松下幸之助さんの
「やってみなはれ!」
次回の学習要領改訂では
教科横断が大きなテーマとなりそうです
キーワードは「おさんぽメガネ」
教員には
日常生活のあらゆるものを
教科に結びつける力が
求められることになりそうです
先生方は
机に座って仕事ばかりしていないで
外にでていろんなものを見てきましょう
遊べ!
このブログも
机の上だけで書いているものよりも
出張先から書いているものの方が
おもしろいでしょ
さてさて
3時間にもおよぶ
長時間ミーティング
そろそろ終わりです
自分でアウトプットしながらだと
なんとか
もつもんですね
今日は本校から
山上先生(家庭)
山下先生(保健体育)
栃木先生(養護)
も参加してくださいました
熱心な先生方です
お疲れ様でした
地震から 416 日目
豪雨から 152 日目
現在3棟ある建物のうち
危険判定のため2棟が使用できず
1棟の建物に無理矢理詰め込んで
授業をしている状況です
この状況を早期に打破するため
仮設校舎の建築計画が進められています
本日は保護者説明会を開催し
現時点でお伝えできること
現時点で要望していること
について理解を求めました

仮校舎は同じ敷地内
グラウンドに建設の予定です
春に竣工
早ければ秋より運用可能です
現在全学年で使用している旧校舎3号棟は
そのまま3年生が3階を
定時制が1階を使用します
仮校舎は2階建てで
真ん中に廊下を設置し
両側に教室を配置するコンパクトなつくりとし
グラウンドを使用する面積を
最小にする配慮がなされています
このことは
北野喜樹石川県教育長が
「生徒が運動する場所をできるだけ奪うな」
との指示を出してくださっているとのことです
コロナの時に健康福祉部長を務められていた方で
毎日のようにテレビで説明されていたので
ご存じの方も多いかと思います
さすが緊急時の対応に力を発揮くださっています
仮設校舎には
1・2年生が入ることになり
実験室や実習室も設置されています
ただしパソコン室はふたつとも旧校舎3号棟にあるので
もしかすると
旧校舎3号棟をビジネスコースが
仮設校舎を普通コースが使うことになるかもしれません
これについては時間割など諸条件を鑑み
最も最適な使い方を考えていきます
グラウンドを使用せずに
グラウンド脇のアスファルト部分への建設を
要望したのですが
まず寸法が足りませんでした
部室やブルペンを壊してもいいからと要望しましたが
建設に関する法律があって
仮設校舎は現存の校舎から
10m 離して建てなければならないそうです
以上の理由より図に示された
グラウンドの校舎側に建てることとなりました
第一体育館と第二体育館はそのまま使用し
接続する仮設廊下を設置します
旧校舎3号棟への接続も同様です
以下
質疑応答の様子です
Q1:工事の間の部活動は?
A1:工事は必要最低限のスペースでやってもらいます
並行してグラウンドでの部活動はできます
Q2:本校舎の復旧見通しは?
A2:損壊した基礎の横に新たに基礎を打ち
ジャッキアップする計画ですが
工期など詳細については未定です
Q3:もう決定か?変更は無理か?
A3:できないことはないかもしれませんが
再調査などで工期が大幅に遅れます
得策ではありません
Q4:稲舟校舎(旧輪実)を使用することはできないか?
A4:校舎は使い物にはなりませんが
危険立入禁止区域指定が外れたと聞きます
グラウンド使用要望の余地はあるかもしれません
Q5:体育館の使用は?
A5:今のところ使用禁止命令は出ていません
多少床の歪み等はありますが
なんとか使用できる状態です
Q6:学ぶ場を確保するため子どもたちの意見を聞いてほしい
A6:同様のご意見を
小学校の運動場に仮設校舎を建てた後で聞きました
「あなたたちは一度でも子どもたちの意見を聞いてくれましたか!」
もう決まってしまって仕方ないことであったとしても
子どもたちに説明する義務は大人にあると考えます
そうすることにより
自分の力で社会は変えられると考える若者が
世界一低いという現実を変える
第一歩になると思います
このブログを読んで
言いたいことを校長室まで言いにくるよう
明日の朝生徒に伝えます
Q7:学校以外での部活動への移動費の負担が大きいが?
A7:今年度は県より補助をいただいています
引き続き要望してまいります
Q8:習熟度別授業はどうなる?
A8:問題ありません
これまで通りの習熟度をかけることのできる
教室数を確保できます
これまで通りきめ細かな指導ができそうです
Q9:工事の際の騒音は?
A9:時間をずらすなどの要望はしますが
ある程度の騒音はやむを得ません
逆にどんな悪環境でも集中力を発揮できる
生徒の育成を目指します
最後に
「現在輪島市内で唯一使用できる
屋外体育施設が輪島高校グラウンドである
だから自校の体育や部活動のことだけでなく
輪島市民みんなが使用できる手立てを
県と市の枠組みを超えて進めていくべきである」
とのご意見をいただきました
このことについては
まず手始めに
テニスコートを全面人工芝にして
部活動以外の時間帯に
ゲートボール場として
高齢者に提供できないか
市に申入れをしてみようと思います
地震から 415 日目
豪雨から 151 日目

こんなに猛吹雪の中それでも復旧工事は
手を休めることなく進んでいます
本当に頭の下がる思いです
ありがとうございます
現在
神奈川より
スクールカウンセラーの平野先生に
定期的に来ていただいています
生徒だけでなく保護者の方のカウンセリングも
していただけることとなりました
明日第1回目を開催します
おかあさん方
そっと打ち明けるだけで
気持ちが軽くなりますよ
予約は不要です
どうぞふらっと立ち寄ってください
生徒とは会うことのないよう
場所は配慮してあります
詳しくはこちら
0219_自由相談日のご案内.pdf
輪島の冬の風物詩
曹洞宗のお寺において
「いんのこまき」が行われました
本校で書道を教えてくださっている
川口先生のご実家がお寺で
記念に学校へ持ってきてくださいました

今日は涅槃会
お釈迦様の亡くなられた日の
法要が執り行われました
仏教の三大年中行事のひとつとされます
曹洞宗のお寺では「涅槃団子」が撒かれます
五色に色づけされたこの団子は
地水火風空を表しているとのこと
生きとし生けるもの全てを表し
食べると無病息災
持つと功徳を受けられるとも伝えられています
北信越地方で見られる風習です
お釈迦さまの舎利つまり遺骨を模したもので
その形は地域によって異なります
たとえば富山の涅槃団子は丸い団子ですが
輪島では動物を形どった団子が撒かれます
お釈迦様の涅槃に駆けつけた動物です
干支の動物と言った方が
ピンとくるかと思います
写真左から
へび いぬ とり です
中でもいぬを形どったものが多く撒かれるので
いんのこ(犬の子)まきと言われます
お米でできているそうです
食べられるのか尋ねたら大丈夫なようです
炙って食べる方もいるようですが
多くはお守りとして持ち歩きます
やがて乾燥して粉々になると海に流します
低温湿潤な条件で大事にしていると
崩れずにそのまま小さくなっていくそうです
今回お持ちくださった
聖光寺さま(しょうこっさま)は
漁師町のお寺さんで
「いんのこ」をかたち作るのは女房衆
最後の色付けは漁師の長の仕事と決まっていて
なんぴとたりとも
手を出してはならない領域のようです
赤黄緑の食紅で絵付けをします
緑というといつも思い出すのが
なぜ絵の具の緑はビリジアンなのか問題です
学年にひとりくらい
「私のことキャサリンって呼んで!」
ってのたまうぶっ飛んだ女の子がいるもんですが
そのぐらい異彩を放つビリジアンちゃんです
あなた帰国子女?
って言いたくなるくらいです
どう見ても「みどりちゃん」やろ
でも本人はビリジアンと言い張っています
【今週の生徒の叫び】
校長ブログを読んだ生徒が書いてくれた
コメントを紹介するコーナー
今日は昨年9月7日「春の選抜に向けて」
のコラムを読んでくれた生徒からです
高校野球秋の大会が始まり、大事な初戦となりました。相手はまさかの飯田高校でした。飯田高校も地震に襲われ、なかなか練習ができない日々が続いていました。すると、仙台育英高校さんが輪島高校と飯田高校を仙台へ招待してくれました。その時に掲げた「ONE TEAM」をモットーに頑張ってきました。震災から一緒に頑張ってきた飯田高校と初戦で対戦するのは複雑な気持ちでした。野球というスポーツの大会はトーナメントで負けたら終わりです。だから、お互いにスポーツマンとして最後まで全力で闘い、招待してくださった仙台育成高校さんや輪島市民のみなさん、珠洲市民のみなさんのひとりでも多くの人が笑顔になるように感謝の気持ちをとどけることができたらなと思いました。
この大会は春の選抜に繋がる大事な試合でした。この大会でベスト8に入って21世紀枠を狙っていましたがベスト16で終わってしまいました。今度の夏は必ず甲子園の切符を掴み取ります。《匿名希望》
地震から 414 日目
豪雨から 150 日目
教室の掲示物を見ると
担任の教育方針や取り組む姿勢がわかります

曲がって張られた掲示物に違和感を持たないようでは
ちょっとした生徒の変化に気づかないでしょうし
期限の過ぎた奨学金の案内などを
いつまでも貼っているようでは
大事なことが先延ばしになってしまいます
心理テストです
コタツを片付けるときあなたはどんなパターンですか?
スパッと片付けますか?
それともズルズルといつまでも出しておきますか?
あるいは一度片付けたものを後からもう一度出すタイプ?
これって恋人と別れた時のパターンと一緒なんだそうです
こたつや恋人はどうあれ
不要な掲示物はスパッとはずす
「掲示物を風景にしない」
このことが大事です
誰も見向きもしないようになった掲示物は
情報ではなく風景です
そこにはもはや意味などありません
さて馳浩石川県知事が
防災服着用をやめると宣言されました
新聞によると
金沢以南の県民からは
「いつまで着てるんだ?気が滅入る」
などの声があるそうです
何事もなく平穏な暮らしをされている方にしてみたら
そう感じるのは仕方ないのか
という気持ちになります
一方で能登の県民にしてみたら
「忘れ去られてしまうのか」
との懸念があるようです
しかし私は逆に
いつまでも防災服を着ていたら
やがてそれが風景となってしまうことに
心配を抱きます
単に
「能登のことを忘れてはいませんよ」
というポーズのためだけに着るのをやめ
スーツを着ていても
「心は常に能登にありますよ」
という知事の強い決意の現れであろうと
私は思っています
先日も馳知事は
タウンミーティングのために輪島までお越しくださり
被災者約20人からの質問に
一つひとつ回答してくださいました
「能登は日本の未来そのもの
本当に困っている人を軸にして
物事を積み上げていく必要がある」
と語ってくださったそうです
また別の報道では
発災時の初期対応について
「フルパワーではなかった」
との見解を明らかにしたとありました
石川県の県職員規定には
「震度〇以上の地震が発生した場合
〇〇職以上の職員は〇時間以内に〇〇へ参集」
などが定められています
にもかかわらず県職員の出勤率が低い
という指摘でしたが
被災した現場から言わせてもらうと
そもそも出勤したくてもできない状況なので
正直やむを得ないと思います
私も発災後まっさきにやった仕事は
「学校に参集するな
自分と家族の命を守れ!」
と規定とは真逆のことを
職員に一斉メールすることでした
当時の道路状況等を今思い出しても
その決断は間違いではなかったと
確信しています
参集したくても参集できない
参集によって命を落とす危険もあった
これが被災地の現実でした
対応の遅れをしばしば指摘されてもいますが
県庁でずっと取材をしている新聞記者によると
知事は被災地のために
いろんなアイデアを出してくださっている
だけど実務レベルにおいて潰されている
のだそうです
学校で必要なものを要望しても
「なぜ必要なのか?」
「どうしても必要なのか?」
をいちいち事細かに説明しなければならない
というのが現実です
「ボランティアが能登に入るのを控えるように」
と知事が発言したことが復興を遅らせた
という指摘もありますが
現場の者に言わせると
これも的外れな指摘です
あの日あの現場に
民間ボランティアが殺到すると
助からない命が
間違いなく増えていました
輪島高校の避難所には
食料の炊きだし支援がなかなか来ず
お風呂の支援もありませんでした
そんな中
このブログを見た多くの方が
「支援に行きたくても行政に止められて行けない」
と直接学校へ電話してきてくださいました
これまた私は即座に
「検問など突破して来てくれ!」
と行政とは真逆のことを言いました
おかげで民間のボランティアの方に
大きく助けられてきました
ですので
今回のように
行政は大きな視点で「被災地に入るな」と
そして実際には
現場の人間が個々に判断して最善の動きをする
というのが被災地での最適な動きであると思います
カタリバさんによる未来トークが行われました

詳しくはこちら
https://cms.ishikawa-c.ed.jp/wazifh/blogs/blog_entries/view/75/b50bb0993463f720ffec311c2844d8c0?frame_id=210
【今週のありがとう】
動物と共生するまちづくりの会 石津 佐智子さま
ますますご活躍のことと思います
藤本育英財団 藤本 由紀子さま
受験生への多大なるご支援本当にありがとうございます
群馬県立沼田高校JRC部のみなさん
温かいご支援忘れないよ もう進路決まった人もいるかな?
国際文化フォーラムの長江春子さま
楽しい本送ってくださりありがとうございました
中村 哲夫様はじめ石川コミュニティーセンターのみなさま
被災地訪問どうもありがとうございました
※このコーナーではこれまで
ご支援いただいた方々を
紹介させていただいています
地震から 412 日目
豪雨から 148 日目
神戸市私立保育園連盟(谷村 誠 会長)様から
生徒一人ひとりにお米が送られました
当連盟のみなさまは
豪雨の際に浸水家屋の復旧作業に参加してくださり
今回は
市内の小中高と幼稚園と保育園に通う子ら全員に
お米を贈ってくださりました
本当にありがとうございます
先日PTA役員会が行われました
みなさんご自分の生活すらままならない中
それでも役員を引き受けてくださり
本当にありがとうございました
特に会長さんには
金沢に生活拠点があるのに
無理にお名前だけでもとお願いし
引き受けていただきました
昨年一年間は
「楽しいことだけやりましょう」
をモットーに
炊き出しなどの活動に力をお借りしました
子供たちのために集まっていただきました
本来のPTA活動ってこうなんだろうなと
子供たちとお母さん方の笑顔を目にして
そう思いました
来年度もこの活動を継続します
一部の役員の方だけが
無理にお仕事をやりくりして
朝早く挨拶運動などに立たなければならないなどの
形骸化した活動は一切やりません
全員が役員で
子どものためにやりたい!
とみなさんの中から湧き上がった活動だけを
無理せずその都度できる方だけで
やっていきます
そのため会則も改めます
書記 会計 理事 評議員 母親代表 監事 顧問など
無駄に多い役職を一掃しシンプルにまとめます
正式には来年度の総会で決定します
北陸地域最大級の
公安系公務員の合同説明会へ行ってきました

自衛隊 警察官 刑務官 海上保安庁 消防
我々の安全な生活を守ってくださっている
尊い職業
その担い手となる高校生に
正しく理解をしてもらいたいと思います

金沢刑務所では受刑者の
所内での号令をかけながらの行進式移動を廃止
また呼び捨てからさん付けへと変わっています
運動会や球技大会などもあるそうです
震災の際にお世話になった方々ばかりです
お礼とご挨拶を兼ねて行ってまいりました

3月11日(消防・自衛隊・刑務)
12日(海上保安庁・自衛隊・警察)には
石川県では初開催となる
職場見学ツアーも企画されています
鳥羽に研修旅行に行っていた生徒たち
無事金沢駅に到着しました

地震から 411 日目
豪雨から 147 日目
今日から何人かの生徒が
伊勢へ研修旅行に出かけます
朝の4時半出発
大雪のため道路状況が心配なので
念のため前もって下見をしてきました

朝の3時なのに災害復旧現場には
灯りが煌々とついていました
そのおかげかどうかわかりませんが
除雪車も早くに入ってくれていました
安心して出発できそうです

参加したのは
1年生
浦 勇誠 さん 小町 優真 さん
小住 優太 さん 森下 正幸 さん
3年生
出坂 舞 さん 森田 心優さん 福久 凪 さん
の7名です
大成建設さんのお力添えで
三重県にある(株)REMAREさんを訪れます
廃棄する漁網を甦正させて
さまざまなものを造る会社です
参加する3年生の中には
大学に進学して
建築や街づくりについて学ぶ予定の生徒もいます
1年生の中には
被災地を巡るツアーを企画運営する会社を立ち上げたい
という夢を持つ生徒も
ぜひ実現させてほしいと思います
卒業してからと言わず
在学中にぜひ
おとなりの飯田高校に
在学中に起業した女子高生2人組がいます
彼女らの目のつけどころがすばらしかったです
日焼けして売り物にならないカボチャが
畑にゴロゴロしているのを目にして
何とかならないかと考えました
おばあちゃんに聞いてみると
金沢の業者に卸すとき
売り物にならないのは買ってもらえないとのこと
ホテルやレストランに掛け合ってみると
下ごしらえ済みの野菜を
金沢の業者から購入しているとのこと
彼女らは気づきます
せっかく作ったかぼちゃのうち
きれいなものだけを安く買い叩かれて
切って洗っただけのものを
高く売りつけられていることに
課題は
珠洲に一次調理施設がないことだ
じゃあ私たちでそれをやろう!
これが起業へのきっかけでした
やがて彼女らは大学へ進学し
平日は大学で学び
休日は珠洲に戻って会社経営
そんな道を歩むのでした
震災後どうなっているのでしょう?
現役女子大生による
地元の限界地域を救う挑戦的企業
株式会社ABOBORA(アボボラ)です
カボチャエキスを使った
身体と環境にやさしいネイルオイルなども
開発しています
ぜひ応援してください
輪島高校の1年生たちにも
ぜひがんばってほしいです
研修旅行のほうは
今日の午後会社を視察して
明日は伊勢神宮を訪れ
夜の8時頃に帰ってきます
石川県商業生徒発表会に
ビジネスコースの3年生が出場しました

浦野奏太さん 北濱一斗さん
木村麗人さん 林 祐樹さんが
自分たちが考えた修学旅行誘致プランを
発表しました

地震から 410 日目
豪雨から 146 日目
家庭科の山上先生からの報告です
今日は山梨県より「目指せ!!日本まるごとゴミ拾い 特定非営利活動法人 まるごみ」DJ KOUSAKUさんをお招きして特別授業を行っていただきました
生徒は事前に考案したお弁当のおかずを今日の授業のなかでグループ内共有しグループ内でNO.1を選出しました
”小学生に大人気!生姜くせぇ生姜焼き弁当”
”濃厚クリームとろ~り!能登産カニクリームコロッケ”
”能登地鶏の辛みチキン”
どれも美味しそうなだけでなくネーミングセンスも抜群でこのほかにも多くのアイディアが出ました
DJ KOUSAKUさんは生徒たちが上手にchromebookを活用して授業をしている様子に驚かれていました
今後生徒たちが考案したオリジナル弁当が商品化されるのが楽しみです
見てください この表情
きっとお互いに忘れられない学びになったのではないでしょうか

パリで行われた
OECD教師生徒サミットに参加した生徒たちが
門前中学校さんで
その様子を発表してきました
全校生徒42名が聞いてくださいました
参加したのは
長井彩綺さん 三中そらさん
上野緋子さん 谷内友優さん
辻 姫花さん 山下明日凪さん
前名拓実さん 宮腰大地さん

世界各国のお友達ができたこと
お互いの文化を理解できたこと
震災を経験したからこその出逢い
そして未来への希望
世界って意外と近いんだなってこと
半島の先っちょに住んでたって
いくらでも世界と繋がることができること
たくさんのことを学んできました
そのことを
自分たちの言葉で伝えてきました
OECDの「おさんぽめがねワークショップ」の
こともお話ししてきました
夏休みに輪島高校でもやったアクティビティ
お散歩しながら
街の景色を教科のめがねで観ます

たとえば今日のこの会場
教科のめがねで見るとどう見えるかな?
図書館って英語でどういうのかな?
Library
じゃあ本棚は?
Shelf
引き出しは?
Drawer
英語のめがねで見てみました
本棚があるよ
どんな木でできているのかな?
ナラとかオークが多いよ
日本やロシアで採れるものをナラ
北米で採れるものをオークと呼ぶんだって
耐久性に優れ硬くて重く家具作りに向いているよ
乾燥に弱いから
エアコンの風が常に当たるような場所に
置いたらダメらしいよ
生物のめがねで見てみました
「オークの原産ってどこかな?」
「カナダ南部からアメリカらしいよ
南北に広く分布しているから
産地によって木材の特徴が違うみたい」
「温暖な南部で育ったオークは成長スピードが早くて
木目が大きいんだって」
「うちのお父さん大工してるけど
地元の木材使うとその地方に合った家ができるって
「そうか南国の柔らかい木で雪国に家建てても
重さに耐えれないんだね」
「地産地消ってそういうことか」
地理のめがねで見てみました
「このホール丸いね」
「体積計算できるね」
「半径どれくらいかな?」
野球部の生徒が口をはさみます
「20mくらいじゃないかな?」
「どうして?」
「塁間の27mよりちょっと短い気がするから」
体育のめがねが加わり
「じゃあ底面積は半径×半径×円周率だから
20×20×3.14=1,256㎡
高さが10m ほどだから体積は
1,256 ✕ 10 = 12,560㎥」
「リットルに直すと 12,560,000Lか」
数学のめがねで見てみました
「この中の空気ってどのくらいの重さかな?」
「1mol は22.4Lだからモルに直すと
12,560,000 ÷ 22.4 ≓ 560,000 mol」
「空気1mol は22.8gだから
560,000 ✕ 22.8 ≓ 12,800,000 g
つまり約13t!」
化学のめがねで見てみました
ふたたび生物のめがねで
「象1頭の体重は約6tだから
ほぼ象2頭分か!」
「そんなに重いの?」
「もし今この瞬間全員が
ここに生き埋めになったら
どれだけの時間
酸素がもつんだろう?」・・・
こうして
自分で新たな問いを見つける力
そしてさまざまな教科で身につけた知識
それを総動員して考える力
そんな力を身につけた人が
災害が起こったときに
中心となってみんなを救うことのできる人です
そして未来を創造できる人です
そんな人を育てることが
教科横断型教育やSTEAM教育の狙いです
【今日の生徒の叫び】
校長ブログを読んだ生徒が書いてくれた
コメントを紹介するコーナー
今日は昨年2月27日「卒業おめでとう」
のコラムを読んでくれた生徒からです
去年1月1日に地震があり、今まであたりまえに通っていた学校に通えなくなってしまい、皆が落ち込んでいるときに、輪島高校に勤めている先生方はすぐに行動に移し、私たちの学習できるスペースを確保してくださいました。そのおかげで去年の3年生たちは十分に学習ができたと聞いています。私も羽咋工業高校さんの練習に参加させていただき、新しい出会いもありました。
3年生はとっても大変な時期が多かった年代ですが、それを感じさせないほどの元気よさが、今の私達を元気でいさせてくれました。そんな3年生の卒業式に出れてとてもうれしかったです。校長先生がおっしゃっていた「輪島に残るみんな一緒に新しい街創ろう。一旦輪島を離れるみんな、きっといつか帰っておいで。みんなが驚くような街創ってまっとるし。」の言葉で会場にいた皆が一致団結したと感じました。これからもこの輪島をよりよいものにしていきたいと思います。《池壱心》
地震から 409 日目
豪雨から 145 日目
輪島と金沢の二拠点生活が続いています
休日は金沢で過ごし
今朝4時に起きて学校へと向かいますと
いろいろ幻想的な風景に出逢います
こちらは雪原にひろがる朝もや

見渡す限り白の世界です
そしてこれは七尾湾からの日の出

水平線上に見えるのは
左側が能登半島
右側が能登島
そして能登島の向こうに
うっすらと見えるのが
なんと立山連峰です
年に数回
条件があったときにだけ見える
奇跡の瞬間です
よく見ると
能登半島と能登島の間の水道
その先にも山並みが見えます
地図で確認すると

長岡から会津の山々
距離にして200km 以上離れたところを見ています
200km 離れた場所の山が果たして見えるのか
気になったので
数学の宮下琢磨先生に計算してもらいました
その結果がこちら

地球を半径6400kmの球と考えると
200km 離れた地点のものは
3126.2mの高さがないと見えない
という結論が導かれました
となると3000m 級の山々の頂上だけが
かろうじて見えるはずで
写真のように堂々とは見えないと思うのですが
どうなんでしょう?
一部でささやかれている
「フラットアース説」
(地球は球でなく平面とする説)
を裏付けるものでしょうか?
それともでっかい蜃気楼でしょうか?
蜃気楼は高低による空気の温度差によって
遠くの景色が曲がって目に届く現象です
七尾湾は和倉温泉が湧いている
比較的温かな海で
上空に冷えた空気が入り込むと
よく蜃気楼の見える場所です
富山湾越しに魚津から見る蜃気楼が有名ですが
実は反対側の能登半島からも
規模は小さいですが割と頻繁に見られます
今回の写真でも
左右の半島と島の先っぽが
浮かび上がって写っているのですが
確認できますか?
それにしても
謎はまずます深まるばかりです
ビジネスコースの2年生が
このブログを読んでコメントを書くという課題に
「国語表現」の授業で取り組んでくれました
毎日少しずつ紹介していきます
題して【今日の生徒の叫び】
地震が起こった1日後の1月2日の学校の状況を今写真で初めて見ました。先生たちの部屋の様子を見て改めて残酷なことだなと思いました。今こうして学校に友達と来れている。そして、みんなで昼休みに友達と弁当を食べているなんてそのときは想像もできなかったことが、今楽しく生活できていることに本当に感謝しかないし、幸せなことだと思いました。
今でもグラウンドはなく体育館での練習をしていますが、こうして練習ができているということだけでも、とても幸せです。これからシーズンインしていく中で、グラウンドがないということを言い訳にせず、自分たち野球部の目標である春大「北信越出場」夏大「甲子園出場」を達成して、どんな状況や環境でもできるということを全国の人たち、そして家族、今まで支援をしてくださった方々に見せて恩返しします。
今、野球ができているのは、親、先生、支援してくれた人たち、応援してくれている人たちのおかげという感謝の気持ちを忘れず、あと1年を切った高校野球を、全力で愉しんでやりたいと思います。《濱田勢生》
「全力で愉しむ」いい言葉ですね!
地震から 408 日目
豪雨から 144 日目
サッカー部がフットサルの交流戦をしています

飯田高校
七尾高校
羽咋工業
が志賀高校に集まりました

冷凍庫の中みたいな体育館の中で
熱い闘いです
主体的・対話的で深い学び
このことを意識して
教育活動を行ってください
と先生方には日頃お伝えしてはいますが
なにせ
一を聞いて十を誤解する私にとって
対話は何よりも苦手とするところであり
もし今の授業に生徒として参加しろと言われたら
間違いなく保健室登校になっているか
主体的で対話的に振る舞う術だけを身に付けた
ずる賢い生徒に成長していると思います
ですので、対話を重視したグループ活動に
うまく加わることができずにいる生徒を見ると
痛いほどその気持ちがわかるのであります
そこで対話の中の沈黙について考察してみます
沈黙には理由があります
どのように対話の輪から外れていくか
順を追って振り返ってみます
(1)熟考のための沈黙
対話の中に何か引っかかるものがあって
頭の中で整理をしている段階です
この沈黙はむしろ歓迎すべき沈黙で
逆に無理に口を開かせようとしないことが大切です
この辺のさじ加減は
髙橋教頭先生がまことに上手です
校長に判断を求めるため説明する時
私が考え出すと
何も言わなくても即座に話を止め
考えがまとまるのを待ってくださるのです
何か後ろめたいことがある先生だと
(例えば自分が楽をしたいためだけの行事削減の提案)
ここで畳み掛けるように説明してきます
教頭先生はきっと熟考を重ね
ご自分なりの根拠と自信を持って
ご提案をしてくださっている証拠です
(2)置き去りになった沈黙
本当は言いたいことがあったのに
他の人がどんどん話してしまって
話題が違う方向に行ってしまい
話すタイミングを失ってしまった状態です
ファシリテーターを務める先生は
生徒をよく観察し
話を元に戻すとか
その生徒に話を振るなどの
フォローが大切になってきます
(3)対話迷子による沈黙
置き去りの生徒をそのままにしておくと
迷子になってしまいます
何の話をしているかわからず
どう発言して良いか分からず
とりあえず黙っています
この生徒は
ニコニコと笑っているのが特徴です
グループ自体の対話が盛り上がっていても
こんな生徒が増えてくると
やがて収束に向かいます
一旦振り返りをさせるなどの
ファシリテートが必要です
(4)しゃべってはいけない空気が支配する
「これを言うとバカにされるんじゃ?」
「そんなことも知らないの?
とマウント取られそう」
こうならないために
ここは何を行っても安全な場所だということを
ファシリテーターは徹底する必要があります
今共創しているOECDのミーティングでは
このことが徹底されていて
参加する生徒が
思うことを全て話すことができています
教師は対話の時間に沈黙があると
ついつい間を埋めるために
話をしがちです
その沈黙が何のための沈黙なのか見極め
適切な介入をする必要があります
地震から 407 日目
豪雨から 143 日目
連日の大雪で
学校の駐車場も大わらわです
例年ですと
地元の土建会社にお願いして
除雪車に入ってもらっているのですが
被災地復興で出払っているので
お願いするわけにもいきません
そこで朝早くから先生方が総出で除雪作業です
誰もお願いしたわけでもないのに
自然にみなさんで助け合います

今から5年前の教頭時代
朝早くから除雪作業をしているのを横目に
「ごくろうさまでーす!」
と知らん顔で校舎に入っていく若手教員に
「手伝おうという気はないのか!」
と説教していたのにくらべると
これも震災のおかげでしょうか
自然と共助の気持ちが生まれてきている気がします
戸田 尊文 様はじめ
東大阪東ロータリークラブのみなさんが
学校に見えられました
発災当初からずっと寄り添ってくださり
大型スクリーンなど
多くの備品をご支援くださっています

このスクリーンは3月7日の
「街プロ」発表会でも使わせて頂く予定です

どうもありがとうございました
被災地への寄り添いというと
稲垣吾郎さん 草彅剛さん 香取慎吾さんらと
日本財団が共同で運営する基金
「LOVE POCKET FUND」さんが
輪島市に交流施設を建設する費用として
約1億3千万円を支援してくださるとの
新聞発表がありました
ありがとうございます
大阪大学の吉川徹教授より
書籍の寄贈がありました
吉川教授は
地方から都会への学生の流出
に関する研究をなさっています
半島の先端の過疎地にありながら
例年国公立大学へ一定数の合格者を輩出する
飯田高校と輪島高校に関心を持たれ
数年前に両校の卒業生を対象に
調査研究をなさったという経緯もあります
その際に
5年後の自分に宛てた手紙プロジェクトを
企画してくださいました
うちの末娘がちょうどその学年で
つい先日その手紙が5年の時を経て配達され
「こんなことを考えていたんだ」
と感慨深げでした
今回吉川教授にいただいた著作は
「ひのえうま」

2026年は「ひのえうま」にあたります
暦の十干十二支
十二支はご存じ
ね・うし・とら・う・たつ・・・
子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥
しちゅういんぼうしんしごびしんゆうじゅつがい
とも読みます
十二支は日本のほか
中国や韓国などアジアを中心に
15ケ国で使われており
ベトナムなどでは
ウサギの代わりに猫が入っていたりします
一方十干は
甲乙丙丁戊己庚辛壬癸
(こうおつへいていぼきこうしんじんき)
日を10日のまとまりで数えるための呼び名で
10日ごとに「一旬(いちじゅん)」と呼びます
上旬・中旬・下旬と呼ぶのは
このことに由来しています
それぞれ
甲(きのえ・木の兄)
乙(きのと・木の弟)
丙(ひのえ・火の兄)
丁(ひのと・火の弟)
戊己(土の・・・)庚辛(金の・・・)壬癸(水の・・・)
とも読みます
十干と十二支を組み合わせて
甲子(きのえね)
乙丑(きのとうし)・・・
といった具合に
それぞれの年に呼び名がつきます
甲子園球場は
大正13年 甲子(きのえね)の年にできたので
その名がついています
今年は乙巳(きのとみ)の年です
ということは来年は丙午(ひのえうま)
前回の「ひのえうま」は昭和41年
この年に生まれた赤ちゃんの数は
その前後の年に比べると
4分の3しかいないそうです
その理由は
ひのえうま生まれの女は
気性が激しく男を不幸にするだの
現代ならば即アウトの差別思考で
子どもをつくるのを控えたことによるものです
著書はこの歴史について深く考察しています
この迷信のルーツは
1666年(寛文のひのえうま)にあるそうです
この年に生まれた八百屋お七は
江戸の町を火事で焼け出され
避難所でいっしょになった男に恋心を抱きます
再び火事になれば男と再開できると目論んだお七は
江戸の町に火をつけ
その罪で火あぶりの刑に処せられます
紅白歌合戦で本校に来てくださった
坂本冬美さんが歌われた
「夜桜お七」
で有名な話です
しかもなんと
冬美さんは昭和41年生まれ
まさに「ひのえうまの女」なのだそうです
実際にお逢いした冬美さんは
気性が荒いどころか
避難民一人ひとりに寄り添ってくださり
そして一緒になって涙を流してくださるなど
本当に心やさしい方でしたので
「ひのえうま」は怒りを禁じ得ない
人権問題レベルの迷信といえます
本書には
このような「ひのえうま」にまつわる
興味深い話題が満載ですので
ぜひご覧ください
【今週のありがとう】
埼玉県の書家 光田 紀美代 さま
私の言葉を素敵な書にしたためていただきありがとうございます
山梨県立都留興譲館高校のみなさま
支援ありがとう!いっしょにがんばろうね!
まるごみJAPAN代表 DJ KOUSAKU 様
能登応援弁当楽しみにしています!!
わじまミラクルずの ガッキーさま
「こども縁日」開催ありがとうございました』
ブルックリン日本語学園 ガルシア奈津子先生
遠くニューヨークでの募金活動ありがとうございました
※このコーナーではこれまで
ご支援いただいた方々を
ご紹介させていただいています
地震から 405 日目
豪雨から 141 日目

一面雪と氷の世界です
ところでヘブライ語で
氷(コーリ)のことを(ケーラ)といいます
ヘブライ語はユダヤ人が話す言語です
ユダヤ人はヘブライ人とも呼ばれていました
ヘブライ語が最も活発に使われていたのは
紀元前13世紀から紀元前2世紀頃
旧約聖書が編纂(へんさん)された時代のことです
それまでは日常生活で使われていました
ところが紀元前2世紀の始め以降
ユダヤ人は徐々に激しい迫害を受けるようになり
ヨーロッパ各地への移住を余儀なくされ
ヘブライ語は歴史から姿を消すことになります
それでも「聖書の民」と呼ばれるユダヤ人は
聖書を読むためにヘブライ語を学び続け
宗教的慣習を通して書き言葉として残ってはいました
そこで19世紀
世界に散らばっていたユダヤ人たちは
自らの祖先の輝かしい過去を通して
希望を見出す手段として
ヘブライ語に注目しようという
新たな運動が起こりました
ヘブライ語が歴史の舞台に復活しておよそ150年
現在ではイスラエルを中心に
話者が世界中で約900万人いるとされ
この言葉を通じて
希望や望みを伝え合っています
おもしろいことに
日本語とヘブライ語で
意味が共通している単語が3000語以上あり
日本人とユダヤ人の祖先が
同じではないかという説があります
日ユ同祖論といいます
例えば
ニクム カバウ ユルス コマル スム
ツモル コオル スワル アルク ハカル
などの動詞はそのまんま同じ意味ですし
ヤケド ニオイ ワラベ ヤマト サムライ
など名詞にも見られます
アリ・ガドが「私にとって幸福です」という意味だったり
ヤッホーは「神様」
ヨイショは「神のご加護を」
など意味不明の言葉をヘブライ語で発音すると
意味のある言葉だったりします
ハッケ「撃て」ヨイ「倒せ」ノコッタ「打ち破れ」
ジャン「隠して」ケン「用意」ポン「ドン」
ワッショイ!「神が来た」
このワッショイ!
お神輿を担ぐときの掛け声ですが
昔は「ワッ」のときに神輿を威勢よく
天に向かって放り上げ
「ショイ」で降ろす
「ワッ」↑「ショイ」↓「ワッ」↑「ショイ」↓
とゆっくり大きく上下しながら練り歩いていたのが
電線が張り巡らされて
それができなくなると上下運動がなくなり
ワッ→ ショイ→ ワッ→ ショイ→ ワッ→ ショイ→
テンポが速くなり
ワッショイワッショイワッショイ
言い回しも変わって
ヤッソイヤッソイヤッソイ
下町のお祭りの掛け声
「ソイヤ」「ソイヤ」になったんだそうです
もうすぐ卒業式
そのときに歌われる「君が代」
これもヘブライ語として聞くと
興味深い意味が浮かび上がるそうです
クム・ガ・ヨワ 「立ち上がり神を讃えよ」
チヨニ 「選ばれし民」
ヤ・チヨニ「神に選ばれし民」
ササレー・イシィノ 「喜べ残された民よ 救われん」
イワオト・ナリタ 「神の印は成就した」
コカノ・ムーシュマッテ 「全地に語れ」
ナニャードヤレー 「聖前に主を讃えよ」
ナニャドナサレデア 「聖前に主は逆賊を掃討したまえり」
これは青森県新郷村に伝わる盆踊り歌を
ヘブライ語に訳したものです
新郷村の旧名は戸来(へらい)村
「ヘブライ」という言葉から来ているとされています
この村には日本人とユダヤ人の関係を裏付ける風習が
◯赤ちゃんが初めて外へ出るとき
額に墨で十字架を書いて魔除けをする
◯足がしびれた時につばをつけて
額に十字を3回書くと治るという習慣がある
◯この地方の方言のアダ(父親)アバ(母親)
これらはアダムとエバが訛ったものと考えられる
現在輪島高校が国際交流を進めている
トルコのすぐ近くにイスラエルはあり
今なおガザ地区の紛争に苦しんでいます
災害支援や人災支援のために
何ができるのか
しっかり考えていきたいと思います
地震から 403 日目
豪雨から 139 日目
積もりましたね
お車でお子様を送迎の方にお願いです
普段から学校正門前の道路での昇降は
交通の妨げになるので
ご遠慮いただいているところですが
豪雪により状況が悪化しています
ご面倒でも
ふらっとホームなど
学校から離れた場所への送迎に
ご協力ください
苦情の電話が学校にあります
改善されない場合は
「学校に火をつける」
とおっしゃってます
学校が燃えてしまいますと
たいへん困りますので
ぜひともご協力をお願いします
3年生の進路決定者の特別授業

ボランティアのため除雪作業に出ました

なぜか途中から雪だるまづくりや
かまくらづくりになってしまいました

私が子どもの頃は
冬の間ずっとこんな光景だったんですけどね
最近ではめったに見られなくなった雪に
みんな大はしゃぎです
本校和太鼓部でご指導してくださっている
今井昴さんが
「横浜太鼓祭」で優勝を果たすとともに
文部科学大臣賞を受賞しました
おめでとうございます
昴さんが活躍する
「輪島・和太鼓 虎之助」さんには
本校和太鼓部の生徒も所属し
小さいときから
ばちさばきのご指導をしていただいています
今後とも被災地の子どもたちに
夢を与え続けていただきたいと思います
さて先日
小惑星ベンヌに「アミノ酸」や「核酸塩基」が
含まれていることがわかったとの論文が
英科学誌に掲載されました
それがどうした?
という方のために
長くなりますがご説明します
我々生物のからだは
主に水とタンパク質からできています
タンパク質とはアミノ酸がつながったものです
タンパク質を構成するアミノ酸には20種類あります
アミノ酸の構造を考えるには
メタンからスタートするとわかりやすいです
メタンは炭素の周りに4つの水素が結合しています
4つの水素のうち
1個はそのまま
1個をアミノ基(アンモニアみたいなもの)
1個をカルボキシ機(二酸化炭素に水素がくっついたもの)
に変えたものが全てのアミノ酸の
基本構造です
4つの水素のうち最後の1個の代わりに
何がついているかによって
20種類の違いが生まれます
ところで
地球は空気に覆われています
現在の空気は
80%の窒素と
20%の酸素からできています
ところが生まれてまもない頃の地球の空気は
メタンとアンモニアと二酸化炭素と水素から
できていたようです
「なんでそんなことわかるん?
見たんかい!」
という君
いい質問です
見たんです
その答えは南極の氷にあります
南極の氷のずっとずっと下の方には
地球が氷河期になる前の空気が
閉じ込められているのです
さてそんなふうに突き止められた
氷河期直前の地球大気の組成は
メタン・アンモニア・二酸化炭素・水素
これら4つの気体を混合させて
電気をかける実験をします
つまり古代地球において
雷が鳴り響いた時の様子を再現します
するとなんと
最も簡単な構造のアミノ酸である
グリシンが合成されたのです
このようにして地球に誕生したグリシンは
その後さまざまなアミノ酸に形を変えます
アミノ酸のカルボキシ基は酸性
アミノ基はアルカリ性の性質を持つので
中和反応をおこしながら
アミノ酸同士が次々と繋がり
生命の源タンパク質が作られた
とするのがその説です
もう一つの説は
我々の祖先が
宇宙からやってきたとする説です
その説を裏付けるものとなり得るのが
今回の発見です
太古の地球には
小惑星や隕石が降り注ぎ
生命に不可欠な物質が運ばれてきた
という説です
つまり我々の祖先は
宇宙からやってきた
というわけです
今回アミノ酸の他に
「核酸塩基」も発見されています
アデニン・グアニン・チミン・シトシン・ウラシル
遺伝子を形作るDNAやRNAの成分です
生物の体はたくさんの細胞からできており
1個の細胞には通常1個の核が存在します
(赤血球や筋細胞など例外はあります)
その核の中にDNAが含まれていて
からだをつくる設計図の役割を果たしています
核酸塩基のうちアデニンとグアニンを
プリン体といいます
このプリン体が分解されると
尿酸ができ
それが血管内で結晶化すると痛風を起こします
痛風で悩む方は
プリン体の摂取を控えなければなりません
さて問題です
次のお寿司のうち痛風に最も悪いのはどれ?
①卵
②イクラ
③白身魚
プリン体が細胞の核内に含まれていることを考えると
核の数つまり細胞の数が多いものほど
プリン体が多いことになります
なんとなく白身魚は健康によさそうで
イクラなんかは悪そうな気がしますが
細胞数を比較してみましょう
①卵は白身も黄身も細胞ではなくて
単なる栄養分です
細胞は黄身の表面に小さく見える
白いまん丸い胚という部分だけなので
卵に含まれるプリン体は
せいぜい細胞1個分です
②イクラも一粒に1個の細胞しかないので
一貫食べたとしてもせいぜい
数えきれる程度の細胞しかありません
ところでイクラってロシア語って知ってましたか?
ロシア人に「イクラ!」っていうと通じます
もうひとつついでに
お笑い芸人「ですよ。」さんのネタで
こんなんありましたね
「ですよ。ですよ。そうなんですYo!
最近『はい』としか言えない日本人に
『No』と言うように教えてあげたんですYo!
そしたら・・・
そう・・・
イクラちゃんだったんですYo!
あーいとぅいまてーん」
③白身魚はなんか健康によさそうな気がしますが
細胞数は数え切れないので
含まれるプリン体も無限大です
したがって一番痛風に悪いのは
③白身魚です
これは昔定期テストに出題した問題です
単なる三択ではなくて
リード文を読めば解けるようになっています
現代社会において
莫大な情報を読み解いて
不要な情報を棄てて
必要な情報だけを選び出す力が求められます
そのことを意識しての出題でした