地震から 431 日目
豪雨から 167 日目
1年生の調理実習が行われました
水が出るようになった調理室は
午前、午後フル回転です

地震でミシンが割れてしまったので
手縫いで仕上げたエプロンを着用して調理しました
今回は炊き出しで大人気の豚汁作りにチャレンジです

なんとこんにゃくがハートになってました
愛情たっぷりの豚汁に心身ともにあたたまりました
以上家庭科の山上佳織先生からの報告でした
3月7日(金)本校を会場に
「ぼくらのまちはぼくらがつくる」
『街プロ』発表会が開催されます
今回被災した奥能登から3校をお迎えして
それぞれの街で取り組んでいる
被災地復興の取り組みを発表し合います
日程は以下のとおりです
10:00 受付
10:30 開会式
10:40 ステージ発表
12:20 昼食
13:20 ポスターセッション
14:20 閉会式
発表の内容がまとまりましたのでお知らせします
1 「朝市復興計画~新しいスタイルの多世代朝市~」輪島高校
2 「獅子舞で門前を活性化」門前高校
3 「農業で門前を活性化」門前高校
4 「商品開発で門前を活性化」門前高校
5 「人も猫も食べれるお菓子」輪島高校
6 「みつばちプロジェクト」輪島高校
7 「能登のみんなを音楽で元気づけるには?」飯田高校
8 「能登健康増進プロジェクト~スポーツでのとげんき!!~」能登高校
9 「能登町のお店を活性化させるためには」能登高校
10 「地域デザイン~仕事~」能登高校
11 「輪島の『楽しい』をつくる」輪島高校
12 「震災を超えて響く花火の音~花火復興プロジェクト~」輪島高校
13 「海辺で映画を見よう」輪島高校
どの学校も工夫を凝らしたアイデアですね
楽しみです
どうぞお越しください
企業様とも繋がってアイデアが現実化することを
願っています
昨日の朝日新聞に
沖縄尚学野球部 比嘉公也 監督の記事を見つけました
監督は
テストで赤点を取った部員には
練習参加を認めずずっと草むしりをさせるそうです
そんなに難しい問題はつくっていない
ふつうにちょっと努力をすればできるのに
点数がとれないということは
やらなくてもいいとか
いやなことから逃げるとか
そういう要素があると
おっしゃっています
沖縄尚学の強さはそんなところにあります
人としての強さというのは
練習以外の
日常生活のあらゆる場面で
培うことができるのです
【今週の生徒の叫び】
校長ブログを読んだ生徒が書いてくれた
コメントを紹介するコーナー
今日は3月21日「春が来て君は綺麗になった」
のコラムを読んでくれた生徒からです
彼は震災により
2年生の途中から本校へ転学してきた生徒です
面接でサッカーが好きと言っていたので
入学前だけど
3月21日にいいことあるから
一度学校においでと伝えてあった生徒です
๒0๒๔年0๓月๒๑日地震から๔๑日目
季節外れの雪が降りました
この日僕ははじめて輪島高校に入りました
いつも学校の前を通ってますが
一度も入ったことがなかったのでドキドキしました
先生に呼ばれただけだったので
どこへ行けば良いかわからず
とりあえず知っている友達を探しました
久しぶりに会う友達がいっぱいいて懐かしい匂いがしました
小中学校以来はじめての全校集会を体験しました
人が多かったですがとてもワクワクしました
そそそそそしてなんと本田圭祐さんが来てくれました
まじで神すぎる
名前を聞いた瞬間興奮しました
昔から憧れお手本にしてきた選手
つい朝までYouTubeで見ていたプロサッカー選手が
目の前にいるので震えが止まりませんでした
そして彼は地震で心が病んでしまった輪島の人々に
「つらいことを体験したみんなだから
日本中の誰よりも強くなれるよ」
と激励の言葉をくれました
しびれるねぇ
この経験を糧に変えて強くなります
《左手 ナタコーン》
地震から 430 日目
豪雨から 166 日目
震災直後から
さまざまな支援のお声かけをいただいています
発災直後にあったこんなお話
「被災地の子供たちに贈り物がある
せひ全生徒に配付してほしい
さらなる支援も考えている
一家庭あたり〇〇万円を
全生徒にお配りしたい」
あるところにはあるもんだと感心しきり
「贈り物の中に連絡先を書いておく
希望する家庭は
それぞれで直接申し込んでもらう
我々は指定された金融機関に直接振り込む
学校には一切負担をかけない」
そんなことまでしていただけるのかと
細かい心配りに感謝
もともと人を疑うことを知らない脳天気な性格に加え
発災直後で混乱状態になっていた私は
「これはありがたい!即申し込もう!」
実は奥能登の他の高校にも申し入れがあったようで
ある学校の教頭先生が
「これちょっとおかしくないですか?」
冷静になって考えると確かに・・・
口座番号も含めた個人情報をこんなに無防備に・・・
そこで支援先に対して
「学校が責任持って全生徒に配付するので
一括して学校の講座に入金してほしい」
と申し入れをしたところ
それ以来連絡がありません
この支援先について調べてみたところ
その母体は・・・
怖くて書けません
気づいた教頭先生は部活動でならした先生
数々の修羅場をくぐり抜け身につけた
危機を察知する
その動物的カンはさすがです
そして発災後このように
各学校が教育委員会を中心にして
情報を共有しながら前へ進んでいます
一昨日行われた卒業式で
輪高新聞が配られました
次のようにメッセージを残しました
「誰よりもつらい思いをしたみんなはきっと誰よりも強くなれる」
サッカー界のレジェンド本田圭佑さんが
本校に訪れみんなに投げかけてくださった言葉です。
PTG(心的外傷後成長:Posttraumatic Grouth)という言葉があります。
(1)「他者との関係」他者を思いやる気持ちが強くなります。
そしてつらいときには誰かに頼ってもいいんだと思えるようになります。
(2)「新たな可能性」が生まれます
それまで描いていた人生の道筋とは異なる方向性を余儀なくされます
だからこそ新しい可能性が開けてきます
(3)「人間としての強さ」が芽生えます
つらいことに見舞われてそれでも今まだ自分は生きている
自分が思う以上に自分は強いと実感できます
(4)「精神性的な変容」が訪れます
人間の存在を超えた現象や事柄に向き合うことで
生き方や魂について思いをめぐらせるようになります
(5)「人生に対する感謝」の気持ちが溢れてきます
これまで当たり前と思っていたことが実は奇跡
変わらない平凡な毎日にこそ感謝の気持ちを強く感じるようになります
例えば野球部の生徒たち
無惨に砕かれたグラウンドを目にして自分たちのグラウンドを元通りにしたい
行政にかけあってもそれよりも優先すべきことがありなかなか前には進めません
ついには自分たちでグラウンド整備から始めました
どれだけ石ころを拾っても拾ってもきりがありません
それでもいつかプレイのできる日を夢見て力を合わせます
野球部は練習の前後にグラウンドに挨拶します
それは誰に?野球に神様?それって誰?本当にいるの?
今なら確信を持って答えることができるでしょう
これまで普通に野球ができていたこと
これは本当は奇跡的なことであって
そこに辿り着くまでに多くの方の力があってのことだと
身を持って感じることができたはずです
君たちの子供らが将来挨拶する野球の神様
それは間違いなく君たち自身なのです。
地震から 429 日目
豪雨から 165 日目
昨日行われた卒業式で
PTA会報「青桐」が配付されました
例年PTA役員の方々に
執筆をお願いしているのですが
今年は役員を選出せず
「全員が役員!
楽しいことだけやりましょう」
をモットーに活動してきましたので
原稿も一般公募して
「ぜひお子様に残したいメッセージを」
としました
例年に増して心のこもったものになりました
私も次のようにメッセージを書きました
「東日本大震災が起こった日は入学式の行われる少し前の日でした
新しいランドセルは手を通されることもなく津波に流されました
土砂の中からそんなランドセルを見つけたお母さんがいました
水道が来ていないので溜め水で懸命に洗いましたがきれいにはなりませんでした
悲しみの新1年生たちには新しいランドセルが贈られ
入学式を迎えることができました
でもその子が入学式の翌日から6年間背負い続けたのは
お母さんが洗ってくれた傷だらけのランドセルだったのです。
能登半島地震が起こったあと初めて高校に生徒が集まる日のことです
水道が来ていないので洗濯ができないことから私服登校を認めました
ただひとり制服で登校した生徒がいました
聞くとお母さんがその制服を持って逃げてくれたのだそうです
他にも大切なものはたくさんあったはずなのに
お母さんが真っ先に心配したのが娘の学校のことだったのです
その話を聞いて生徒と保護者の学校に対する想いを実感し
学校の責任の重さをあらためて考えさせられました
今日はその制服を着る最後の日ですね」
「ぼくらのまちはぼくらがつくる」
輪高生のまちづくりプロジェクト『街プロ』
成果発表会を行います
一般公開いたします
お誘い合わせの上ぜひお越しください
今年1年間
生徒達がとりくんできた
まちづくりの成果を
ステージ発表と
ポスターセッションで披露します
3月7日(金)より
本校の第一体育館で行います
地震で壁はひび割れ
床が窪んだ悲惨な状況の場所ではありますが
危険立入区域には指定されていませんので
その被災状況も合わせて
ごらんになっていただきます
日程は以下のとおりです
10:00 受付
10:30 開会式
10:40 ステージ発表
12:20 昼食
13:20 ポスターセッション
14:20 閉会式
どなたでも参観できます
正面玄関よりお入りください
駐車スペースはございません
あらかじめご了承願います
ステージ発表の際には
質疑応答の時間は設けません
発表グループは
午後のポスターセッションでも
発表しますので
その際に直接ご質問ご意見をお寄せください
なお今回は奥能登の公立高校より
飯田高校(午前中のみ)
能登高校
門前高校
からも参加してもらいます
高校間を超えた交流も予定しています
それぞれの学校が
それぞれの場所で
生まれたまちを甦らせるために
がんばっています
お待ちしています
ぜひお越しください
【今週のありがとう】
東大阪ロータリークラブのみなさま
貴重な備品ありがとうございます 大切に使わせていただきます
谷村誠会長はじめ神戸市立保育園連盟のみなさま
おいしいお米ありがとうございます ご家庭に配付しました
岐阜県 関商工高校 鷲見椿さんとおともだち
「能登新聞」で被災地の状況を伝えてくれてありがとう!
広島県立芦品まなび学園高等学校 祝迫直子先生
ようこそお越しくださいました そして災害支援ありがとうございます
公益財団法人 旭硝子財団のみなさま
奨学金ありがとうございます 未来へ歩き出す大きな支えです
※このコーナーでは
これまでご支援いただいた方々を
順に紹介させていただいています
地震から 428 日目
豪雨から 164 日目
卒業式が行われました
会場をお花で飾ってくださったのは
FlowerSchool Muguet の
水上 詩子 さま

昨年の音楽堂での卒業式
今年の入学式に続いて
3回目になります
金沢でフラワースクールを主宰されています
卒業生が胸にあしらう
すずらんとアイビーのコサージュも
全員分を手作りしてくださいました

スズランの花言葉は「幸福の再来」
ヨーロッパでは聖母マリアの花とされます
葉の影に隠れてしまいそうな小さな花が
被災地から立ち上がる小さな希望のようです
またアイビーの花言葉は「友情」「永遠」
アイビーが持つ強い生命力と
しっかりと絡みつくツタの性質が
力強く未来に向かって伸びていく姿を想像させます

卒業生一人ひとりに
エアリーフローラが手渡されました
名古屋市立西陵高等学校の
昨年度の2年5組のみなさんからも
お祝いメッセージカードが届きました
昨年発災後まっさきに
ハンカチとかコスメとか
女子高生ならではのアイデアの
支援をしてくださったクラスのみなさんからです
カードはこちら
20250219.pdf
仙台育英高校の野球部のみなさんからも
豪華な花の贈り物です

卒業式はどうやら雪の特異日のようでして
北陸では毎年不思議と雪がちらつきます
今朝も早くから係の先生方で駐車場の整理

思い出に残る卒業式にしようと
裏方さんもみんなで力を合わせます
会場である体育館への通路は
未だ崩れたまま
ブルーシートで覆われた通路を通ります

ゆがんだ通路をくぐると
みんなで仕上げた立派な式場へ

夜の体育祭にお招きくださった
福岡第一高等学校の校長先生や

本校にお勤めくださった
春木先生 大坪先生 矢知先生 松村先生 玉置先生
からお祝いのメッセージをいただきました

全校生徒で行う卒業式は
6年ぶりです
つまり今回の卒業生にとっては
中学高校を通して初めての経験です

どうですか?
思い出に残るものになりましたか?
小学校の卒業式に比べると
高校の卒業式は
味気なく感じたかもしれませんね
公費解体を待つだけの我が家の
タンスの下敷きになっていたギター

坂崎幸之助さんに憧れて
高校卒業のときに買った
6弦と12弦のダブルネックのアコギ
この思い出のギターで
卒業生の門出をお祝いしようと
秘密裡に練習してきました
挨拶が下手な私はお歌で勝負です
「あんなにも
すきだった
きみがいた
このまちに・・・」
選んだ曲は玉置浩二さんのメロディー
「あのころは
なにもなくて
それだって
楽しくやったよ」
下手にグダグダしゃべるより
よっぽど気持ちが伝わりそうな気がして
「メロディー
泣きながら
ぼくたちは
しあわせを
見つめてたよ」
のつもりでした
ギターを持ち上げたとたんに
カランカラン
弦にはさんでおいたピックを
ギターの穴に落としてしまいました
しっとりと6弦のフィンガリングで
静かに始まり
サビはピックで12弦のストローク
劇的なアレンジをしたつもりが
始まってもいないのに早くも破綻です
頭の中が動揺したまんま
止めるわけに行かず
案の定いきなり歌詞を間違えました
もうあとは思いついた歌詞を
適当に繋げグダグダでした
このプレッシャーに弱い性格は
どうにもなりませんね
それにくらべ
在校生代表の邑田達紀さんの送辞
卒業生代表の志田心湖(ここ)さんの答辞は
とても立派で心うつものでした

ここちゃんの答辞の中で
心に残ったのは
「嫌われてもいいからと
それでも厳しく指導してくださった先生
ありがとう」
のフレーズです
先生だって人間だから
生徒に嫌われたくはないんですよね
でも信念を持って生徒に接してくださった先生
生徒にはちゃんと伝わっています
私が見ていないところで
若い先生方はこのようにして
生徒に接していてくださったんだなと
思わず教員席の方を見てうるうるしました
式辞の最後に
卒業生みんなに向けて
ここちゃんにちなんだ言葉を贈りました
輪島に残るみんなへ
「それでもここ輪島にいる」
一旦輪島を離れるみんなへ
「それでもこころは輪島にある」
こちらもどうぞご覧ください
https://cms.ishikawa-c.ed.jp/wazifh/blogs/blog_entries/view/75/e54d6cf605868386a329026965dee8d4?frame_id=210
地震から 427 日目
豪雨から 163 日目
今日は「だがしの日」
バレンタイン
ハロウイン
海外発祥のお菓子にちなんだイベント数ある中に
唯一日本が発祥のお菓子イベントです
「DAGASHIで世界を笑顔にする会」
のみなさんが訪ねてくださり
こどもたちを笑顔にしてくださいました

本校からもJRC部と野球部の生徒が参加して
運動会や紙芝居など
こどもたちを笑顔にしてきました
輪島高校では3年に一度
生徒会誌「潮鳴」を発行しています
3年間の部活動の活躍など
生徒会がまとめあげます
今年はその発行の年にあたります
巻頭言に次のように書きました
東日本大震災を経験された方からこんな手記が届きました。
『こんな時に産んでごめん』『笑顔のお母さんでいられなくてごめん』ニュースを見ては心をえぐるような情報が入ってきて、心に余裕がなくなり子供にきつく当たってしまい、泣き叫ぶ子供から逃げるようにトイレに逃げ込む日でした。「今が一番いい時よ~」0歳と2歳の娘といると時折そう言われました。『こんなにも苦しくて泣いたり怒ったりしてばかりなのにこの日々が一番いいときなの?じゃあこれからはもっと苦しくなるの?』今でも子どもたちには申し訳なかったなと思います。確かに今思えば本当にかわいい時期だったのです。でも私にとっては一番苦しい時期でした。間違いなく一番苦しい時期でした。
あのとき私が聞きたかった未来の自分からのメッセージを書きます。
「よく毎日をすごしてるね。とりあえずご飯を食べさせて、寝させて、大きな怪我がないように大きな病気にならないように。がんばって守ってるね。部屋はぐちゃぐちゃだし、ご飯もちゃんと作れてないし、今日も怒っちゃったろうね。でもね、毎日ぐじゃぐじゃだけど生きてきてくれたから今があるよ。ありがとう。ギリギリな感じだけどよく乗り越えてるよ。大丈夫。子供たち大きくなったよ。いっぱいいっぱい心配したけど、ちゃんと成長したよ。思っていたよりもいいことたくさんあったよ。出逢いもいろいろあったよ。いつか子供たちがね、大きくなってくるとあなたも余裕が出てくるよ。そうするとね、今はできないこともできるようになるよ。子供もあなたも家族も状況もどんどん変わっていくよ。子供たちが逆に励ましてくれたりするよ。だから、もうちょっと肩の力を抜いても大丈夫。今かなり苦しいと思うから、そんなときになんとかしなくちゃって焦って思わないで。いいタイミングが来るよ。いい出会いに助けられることもあるよ。叱らなきゃ、ちゃんとさせなきゃって思わないでも大丈夫だよ。いいところたくさん見つけてあげて。そして自分もよくやってるねって思ってあげて。あんまり思えないだろうけど思ってあげて。自分が思っているより周りの人はあなたのこと「よくやってるなー」って思ってるからね。がんばってくれてありがとう。子供たちを守ってくれてありがとう。あなたの毎日が今の力になってるよ。ありがとう!」
みなさんには、未来の自分から今の自分にどんなメッセージが届くのでしょうか?
明日は卒業式です
地震から 425 日目
豪雨から 161 日目
こちらは石川県教委が準備してくださった
住む家をなくした能登地区の教員のための住宅です

小中学校の先生方16名が入居しています
廃校となった中学校の跡地に立っています
私は正直退職まで校長室に寝泊まりする
覚悟でいたのですが
おかげで風呂に入れる生活ができています
本当に感謝です
湿気がひどくてすぐ壁に青かびが生えます
ペニシリンでも作って商売しようかと考えています
写真手前が駐車場なのですが
田んぼのようなぬかるみ状態
そこで先生方は自然発生的に新しい駐車場を
定め利用するようになりました

隣には新たな棟の建設が始まっています
もともと能登地区には
アパートが不足しており
飯田高校の先生がようやく見つけたのが
輪島のアパートで
輪島高校の先生がようやく見つけたのが
飯田のアパート
60kmほど離れた学校に
お互い1時間以上かけて通勤するなど
相当お間抜けな状態が日常化していたので
その解決策にもなるのかなと思います
春になると仮設校舎の建設が始まり
早ければ秋からの運用を考えています
こちらは旧職員室
最も傾きの激しい2号棟にあります
写真が曲がっているのではありません
部屋がもうゆがんでいるのがわかると思います

先生方がいっせいにこの部屋に入り
仮設校舎へ運ぶべき荷物の
整理を始めました
このブログを読んでくださった
国連開発計画(UNDP)シリア事務所等で活躍された方から
お便りが届きました
”Build back better”という
国連機関の災害復旧支援の合言葉を
教えていただきました
ハード面で被災前より良い施設や生活基盤を作ろう
というのが本来の意味です
「災害復旧は現場復帰が基本
それ以上にする贅沢は許されない」
とする日本の行政のあり方は改めるべきです!
とはいえ金が無尽に湧いて来るわけではないですからね
難しい問題です
もうひとつこの言葉には
「被災した個人やコミュニティが
その経験を共有することが
他の地域の人たちにとって深い学びになる」
という意味も込められているそうです
このブログが他の地域への経験の共有という意味で
役に立てばいいなと
背中を押していただいた思いです
以前本校に勤めていた玉置先生が
赤ちゃんを連れて遊びにきてくれました
玉置先生のご実家は
珠洲で珪藻土の七輪の切り出しをされていて
以前の地震で工場が全壊
復旧して再開していたのですが今回また…
元気な赤ちゃんは現在8ヶ月
被災して避難生活が続く中で
それでもこの世に生を受けました
「珠洲の海で生きる」と書いて
生珠(うみ)ちゃん
とっても素敵な名前です
地震から 424 日目
豪雨から 160 日目
学年末考査3日目
教室では生徒が残って黒板を使って
自主的に教え合いの学習会を開いています

こちらもマンツーマンでの指導
英検の練習です

稲舟地区の危険区域立入禁止の指定がはずれました
発災以来初めて立ち寄ってみました

以前あった道路の脇に
新しく登る道路を建設中です

坂道から見下ろすと
全く手つかずの家がそのまま残っています

坂の上にある輪島市営野球場は
まったく使いものになりません
稲舟地区にはかつて輪島実業高校があり
閉校後は野球部がグラウンドを活用していました

野球部が使っていたグラウンドは
崩落こそしているものの
中央部は使えそうです

稲舟校舎(旧輪島実業校舎)は
亀裂が走り建物が傾き窓も割れていました

こちらは輪島市総合体育館
使えそうもないですね
子供たちが思いきり運動できる場所が
ことごとく壊されています
輪島高校の施設で使えるものがあったら
お貸ししたいと考えています
さて被災した状況で
これまでどおりのPTA活動なんかムリ!
というわけで
「楽しいことだけやろう」
「できる人だけでできることだけやろう」
昨年1年間こんな感じで
PTA活動をやってまいりました
一部の役員が苦労して電話して仲間を募り
無理矢理組織していた各種委員会
これも廃止する
次年度はそんな方針で臨みます
PTAは本来
学校と保護者が協力して
子供たちの健やかな成長を見守り
よりよい学校生活のために
活動すべきもの
それがいつしか
無理矢理役員を引き受けてもらって
一部の役員だけが苦労して
前例踏襲のためだけに
漫然と続けている
そんな組織になっていました
全国を見ても
PTA活動の見直しを進めている学校が
ちらほら見られます
まずは兵庫県川西市の保護者グループ
「ココスクール(Connecting Community School)」
1つの中学校と3つの小学校で編成しました
ニックネームは「ココスク」
こどもたちをココでスクすく育てる
という意味が込められているそうです
役員はなし
参加資格は全保護者と全教職員
活動の方針は
「子どもの命や安全に関わること」
「学校が必要とするときに繋がれること」
のふたつのみだそうです
ただ個人の声だと届かないことが
組織のだとしかるべきところに届く
なのでなくすることだけは避けました
なくなることで
子どもたちにしわ寄せが行くことだけは
避けなければなりません
また東京都のある小学校の
「PTO(Parents Teacher Organization)」
Oには「応援団」という意味もあるそう
「できるときに
できる人が
できることだけやる」
会員が好きな活動を
好きな時に手伝うボランティア制です
これらの先進校の事例を参考に
本校もPTA活動のあり方を
見直していきます
保護者と教職員全員が会員です
「やってくれてありがとう」で済まさず
全員が会員である思いを持った
組織になればいいなと思います
「それでも輪島にいる」
みなさんへのお願いです
【今週の生徒の叫び】
校長ブログを読んだ生徒が書いてくれた
コメントを紹介するコーナー
今日は2月7日「能登の我慢を日本の前提にするな」
のコラムを読んでくれた生徒からです
自分達の学ぶための場所がなくなるのは嫌ですが、市民のためとなると仕方ないような気もしてきます。でも教育長さんたちがなるべくグラウンドのスペースが空くようにしてくださっているのがとてもありがたいです。地震が起きてから関わってくださる人や起きる前から関わってきた人、皆に感謝して受けた恩を忘れずに日々生きていきたいです。やる気があれば工夫のしかた次第でどうにでもなる。《尾崎 煕》
地震から 423 日目
豪雨から 159 日目
学年末考査の2日目
生徒が熱心に質問に訪ねてきます

部屋もないので
寒い廊下で質問対応です
「動物と共生するまちづくりの会」
の石津佐智子さまより
お便りをいただきました
この会は
災害発生時のペット同室避難について活動なさっており
今回
「避難情報発令時、全市民が徒歩で行ける範囲に
最低一か所の『ペット同室避難』可能なスペースを
確保することを求める署名」
4,835筆を明石市に提出されたそうです
議会本会議のあと議長に請願書を提出され
全会派の推薦を得られたとのことです
市長に署名簿を提出し
防災担当部長 環境局長 教育委員会課長にも
訴えかけられたそうです
ここから第一歩を踏み出されることとなりました
大成建設さんとコラボして進めてきた
「転生プロジェクト」
災害ゴミに新たな命を吹き込むプロジェクトです

ビジネスコースの3年生が
卒業制作として取り組んでいたベンチ
完成して校庭に設置されました

被災地の瓦や漁網などを転生させました
表面の網目模様が漁網です

これから校庭でみんなを見守っていきます
【今週のありがとう】
金沢大学 上原 爽世花 さま
「能登写真展」成功裏に終わったことと思います
福田圭一監督はじめ遊学館男バレのみなさん
横断幕ありがとう!これからもよろしく!
For Michael Blayde's Mom
Thank you for the christmas card.Your son is doing well.
石川教育公務員弘済会のみなさま
助成事業への採択ありがとうございます
作曲家 弓削田 健介 様
「フェニックス」素敵な曲ありがとうございます
※このコーナーでは
これまでご支援いただいた方々を紹介させていただいています