地震から 536 日目
豪雨から 272 日目
「ふるさと企業を知る会」
ビジネスコースの23年生を対象に
実施されました

輪島市内の企業様9社にお越しいただいて
お話をしていただきました

さて
今年は新規採用の先生方が
5名も本校に配属されました
昨年
今年よりもっと悲惨な状況で
赴任した先生がふたり
そのうち商業科の木村先生が
手記を投稿されました
一部抜粋して紹介します
「教師になって1年が経ちました
生徒にどのように成長してほしいのだろう
と自分自身の価値観について自問自答する日々でした
そんな中生徒から
「商業科目は社会で使うのか」と言われました
もちろん使いますが
あえて「使わない」と返答しました
ただ
「商業科目を学ぶ過程で身につく能力は
これから人生で大いに役立つ」と
自分の経験から返答しました
その時はっきりと気づきました
生徒には
商業の知識そのものではなく
学ぶ過程で養われる能力を身につけてほしいのだと
初任校は輪島高校でした
輪島に向かう道中は
地震の影響で亀裂や段差がたくさんあり
慎重に運転しても危険を感じるものでした
輪島に入ると
崩壊した山や倒壊した家屋の光景が
目に飛び込んできました
この環境の中で教師として働くことができるのか
不安でいっぱいになりました
しかしその不安も
輪島の生徒たちの笑顔や
真剣な眼差しに触れるうちに
次第に和らいでいきました
そして気づけば
不安よりも
どうすれば生徒たちの力になれるか
を考えるようになっていました
この1年間で
私の中の価値観が大きく変わりました
教育に対する考え方
授業の進め方
生徒への指導の方法など
どれもが悩みと向き合い
試行錯誤を重ねる中で
少しずつ変化してきたものです
その中でも最も大きく変わったのは
被災地に対するイメージでした
暗くて重いイメージを勝手に作っていましたが
そんな事はありませんでした
元気に溢れ
賑やかで
時に騒がしい
そして輪島の未来を誰よりも真剣に考えている人たちが
力強く生きている場所でした
この環境で
そんな彼らと日々を共にする中で
この学校に配属されたことを
嬉しく思うようになりました
まさか私が
こんなことを思うなんて」
地震から 531 日目
豪雨から 267 日目
一昔前アメリカであった話です
ある国道沿いに
チキン料理が美味しい
こじんまりとした
レストランがありました
ところがある日この町に
新しいバイパスが作られる計画が
浮上しました
これまで
国道を通るドライバーによって
支えられていたこの店は
廃業のピンチに追いやられます
年老いた店主は
バイパス沿いに新しいお店を構える
資金も気力もありません
そこで考えた店主は
新しくバイパス沿いに出店する店に
持ちかけます
「うちのレシピを提供します
その代わり
売り上げあるごとに
その◯%をいただけませんか」
新しいレストラン側にしてみても
これまで人気だったこの地方の料理を
そのままメニューに加えることができることは
大きなメリットです
世界初のフランチャイズ制の誕生です
この年老いた店主の名は
カーネル・サンダース
さて学校では
「臨時子ども食堂 in 輪島」
の下ごしらえが始まりました

さいたま子ども食堂ネットワークさまの
ご協力によります

まず、炊飯からです

9つの電気釜をフル稼働させるため
調理室以外に空き教室などに
分散させて炊いています

一気に一部屋で炊くと
ブレーカーが落ちるからです
避難所運営で得た知恵です

最初のご飯が炊きあがりました
美味しい匂いが漂っています
続々と応援に来られるボランティアの方々は
案内しなくても匂いにつられて調理室へ

炊きあがったご飯は
チキンパエリアになります
ケンタッキーフライドチキンさまの
協力を得ているそうです
本日
普通コースの3年生は模擬試験をしています
何人かお手伝いしたい生徒もいたのですが…
模擬試験を受けに来る3年生にも
振る舞っていただけることとなりました
学校での準備を終えいざ会場へ

中心となっている岡本先生からのレポートです
「さいたま栄高校さんの
総合探究部の生徒さん6名と
引率の小野先生も
お手伝いに来てくださいました
さいたま市子ども食堂ネットワークの本間さまをはじめ
たくさんの方が来てくださり
マリンタウンが大賑わいでした

物資を運んでくださったデコトラや
大きなはしご車もに集結していました
輪島高校生は
セッティングから参加させていただき
物資の配布をしたり子どもたちと遊んだり

力持ちたちは荷物の運搬

そして片付けまで携わらせていただきました
11時の開始後は
『輪島にこんなに子どもたちがいたのか!』
と思わず口から出てしまうほど
子ども連れのご家族や小中高校生でにぎわっていました
そんな様子を見た生徒からの感想をいくつか紹介します
子どもたちとの遊びの補助をした3年生
(田中さん 上田さん 吉浦さん)
『いつもはお世話してもらう側だったけれど
今回お世話する側だったので
周りのことを注意深く見たり
何が必要かを考えたりすることができた』
物資の配布をお手伝いした2年生
(谷内さん 上田さん 大岩さん 川口さん)
『とても楽しかった!
今度は自分たちでも
このようなイベントを企画したい!
たくさんの方々が支援に来てくれて
うれしいしありがたい
輪島市外の方々に
いつもこういった企画で
輪島を元気づけてもらっているので
市内にいる自分たちも
中心となって輪島を盛り上げたい
ありがとうと言ってもらえたのが
とてもうれしかった』
などなど
有志のメンバーに加え
練習後の男子バレー部もかけつけてくれ
総勢25名の生徒と4名の教員が参加しました

ネットワークの本間さまから
企画のコツやアドバイスもいただきました
自分たちでも輪島を元気づけられるような
企画を考えていきたいと思います
そして何よりも
いつもたくさんの方々に
支援していただいているということが
とてもありがたく感じています
色々な経験をさせていただき
輪島からさらに日本を元気づけられるような
活動ができたらいいなと思います
キリコ太鼓を演奏してくれた小1の男の子と
高校生のコラボの写真です

地震から 528 日目
豪雨から 264 日目
なんやかんやで外に出ることが続き
今日は久々に丸一日学校にいます
授業の様子をゆっくり見に行きました
1年1組「情報Ⅰ」山﨑先生

1年2組「現代の国語」山本先生

1年3組「地理総合」竹田先生

2年「数学Ⅱ」習熟度別 端谷先生

橋元先生

今田先生

ビジネスコース3年「国語表現」松本先生

岡本先生

3年「英語」習熟度別 加藤先生

櫻庭先生

お気づきになりましたか
教室を半分に仕切って
勉強しているクラスがあります
震災で危険判定を受けた教室を使えないので
工夫を凝らして授業を組んでいるのです
もうひとつ
生徒の取り組む姿勢見てください
全ての生徒が背筋を伸ばし
緊張感を持って授業に臨んでいる様子
校長がカメラを向けたから・・・
ではありません
発災以降
生徒の学習に取り組む姿勢は
明らかに変わってきています
特に1年生は
授業中の発言も活発で
学びに向かう姿勢が素晴らしいです
震災で中学校で勉強できなかった分を
しっかり取り戻せると思います
伸びしろが充分です
1年生は実は
OECD(経済協力開発機構)による
PISA の学力テストの抽出対象となっています
「日本の高校生の数学スキルは高いが
自己肯定感に劣る」
など世界の子どもたちの学力等を調査して
各国の教育施策の指針となるテストです
7月23日に実施予定です
抽出された生徒のみなさんはがんばって・・・
いやがんばらなくていいので
いつもの調子で協力をお願いします
震災が学力や生活習慣にどのような影響を与えたか
そしてこの先どのような支援が必要か
重要なデータとなりうると思います
今日は
ビジネスコースの2・3年生および
普通科の専門学校志望者を対象に
進路ガイダンスが行われました
専門学校や企業の方をお招きして
生徒たちと直接質疑応答できる機会を持ちました

お世話になっているアナウンサーの原田幸子さま
いつもすてきなお便りをくださいます

「庭では蜘蛛の赤ちゃんが卵からかえり
まさに蜘蛛の子を散らした状態です
一つ一つが命なのだと思うと愛おしいです

この世であえて嬉しいよ
一匹一匹に声をかけたい気分です」
小さな生き物が大好きなんですね
観察眼も素晴らしいです
私はこんなの見つけたことないです
ついでに自然にいる「たつのおとしご」も
見てみたいです
どこにいるかご存じの方
どうか教えてください
地震から 523 日目
豪雨から 259 日目
和太鼓部です
今日は芸術村で講習会を行います
輪島高校には石川県高文連郷土芸能部の
専門委員会が置かれていて
大会運営を担っています
朝からその準備に大忙しです

JRC部です
Junior Red Cross (青少年赤十字)
ボランティア活動などを行います
こちらに招かれて講演会をしてきました

「大切な人を守るために」
と題して180名を前に
お話をさせていただきました
ソフトテニス部です
昨日の団体戦では
1回戦は穴水高校さんに勝利し
2回戦進出しました
今日は個人戦です

昨年はたったふたりで活動していましたが
今年は新入部員がたくさん入ってくれました
壁にヒビが入りすきま風が入り込む
冷凍庫のような真冬の体育館で
たったふたりで黙々と打ち合っている姿を
ずっと見てきました
おかげで後輩たちが活躍できる場を
残すことができたね

今日は残念ながら敗れたけど
これからまた頑張れるね
ところでテニスって
独特の得点の数え方をしますね
1点増えるごとに
0(ラヴ)
15(フィフティーン)
30(サーティー)
40(フォーティー)
これって昔得点板に
時計を使っていたからなんだそうですね
1点取るごとに針を90度ずつ進めて
だから
0→15→30→45→60
ひとまわりでゲーム
フォーティーファイブが長ったらしいので
省略してフォーティー
0は卵に似ているので
フランス語で卵を表すl'œuf (ルフ)
これが訛ってラヴになったのだとか
とはいえ今の高校生は
もしかしてデジタル以外の時計を目にしたことがなく
イメージしにくいかもしれませんね
もしかして「時計回り」って言っても
それが右回りを指していると
想像つかない人もいるかもしれませんね
時計は右回りですが
これは日時計が北半球で発明されたことによります
時計の針は
上→右→下→左→上
と回ります
これが時計回り
これは日時計が
北半球で発明されたことによります
もし南半球で発明されていたとしたら
時計回りは逆になっているはずです
北半球と南半球にまつわる面白い話に
「コリオリの力」というものがあります
詳しくはいつかこのブログでも紹介しますが
端的にいうと
真っ直ぐに進んでいるつもりでも
北半球では右側に
南半球では左側に
曲がってそれていくという現象です
これは地球が自転していることによります
この影響で
台風の渦巻きは
北半球では反時計回りに
南半球では時計回りになるのです
以前日本科学未来館を訪ねた時
インストラクターのお姉さんが
「だから北半球では
お風呂の水を抜いた時に
北半球では左回りの渦になるんですよー」
とちびっこに教えていましたが
お姉さん
残念ながらそれ間違っています
その場で教えてあげようとしたのですが
見失ってしまいました
お風呂の排水は
確かにコリオリの力も働きますがそれよりも
湯船の形状や排水口の位置による影響が大きく
一概にはいえないそうです
私が現在お借りしている家のお風呂は
実際右回りの渦を作ります
地震から 521 日目
豪雨から 257 日目
日本では2022年に
成人年齢が18歳に引き下げられましたが
お酒や煙草は二十歳未満はNGです
なぜお酒は二十歳になってからなのでしょう?
実は世界的に見ると
日本のように二十歳までお酒を禁じている国はまれで
多くは18歳になるとお酒を飲めるようです
ヨーロッパには16歳で飲める国も多く
ドイツなんかでは
保護者同伴であれば14歳から飲めます
なぜ未成年はお酒を禁じられているのか
考えてみましょう
まずは法律で禁じられているから
『20歳未満の者の飲酒の禁止に関する法律』1条1項には
「満20歳未満の者の飲酒を禁止する」とあります
それはなぜか?
飲酒開始年齢とアルコール依存症には
明らかな相関関係があるからです
お酒を飲み始める年齢が若いほど
将来的にアルコール依存症になる確率が
極端に高いと報告されています
アルコール依存症といえば
避難所で毎晩酒を飲んで周りの人に絡む
とんでもない迷惑な大人がいましたが
年齢よりもそんな人の飲酒を禁ずる
法律はないものかと思います
また子供のうちに飲酒をすると
脳の中で記憶を司る部分である海馬が
萎縮してしまうという報告があります
ではドイツではなぜ親が一緒なら
14歳から飲んでよいのでしょう
おそらく自分でストップをかけられない年齢の子供に対し
大人が分別のある飲み方を監督すれば
適量のお酒ならば
健康面においても問題ないと
されているのでしょう
ところで日本人が海外に行ったとき
法的にはどうなるのでしょう?
それはその国の法律に従うことになります
つまり16歳から飲酒ができる国においては
16歳の若者は飲酒できることになるのです
逆に公共の場での飲酒が禁じられている国では
例え成人であっても
公共の場で飲酒すると
罰せられることとなります
海外旅行する時は
その国の法律をしっかりと学ぶ必要がありそうです
現在本校には二十歳を超えた生徒も在籍しています
法的に飲酒が認められることはもちろん
自動車免許も持っていますが
高校生が同席する場面での飲酒や喫煙
および自家用車での登校に関しては
自粛してもらっています
さあいよいよ高校総体が始まりました
陸上やサッカーなど一部の競技は
既に始まったり終わったりしています
またほとんどの種目は明日開幕ですが
バドミントンが一足早く本日開幕です
今日は応援に行ってきました

地震で体育館が使えない中
工夫を凝らしながら
場所を探しながら
これまで頑張ってきました
小学校の体育館もお借りしました
本当にありがとうございました
悔いの残らないよう
思いっきりプレイしてください
初戦は女子が野々市明倫高校さんと
男子が七尾高校さんと
それぞれ対戦しました
第51回全国高等学校総合文化祭
2027いしかわ総文
石川県実行委員会設立会が
開催されました
「彩る」「もてなす」「結ぶ」
の大会基本方針をもとに
高校生が主体となって
準備を進めています
大会を彩る「五彩」は
輪島塗や山中塗の「朱色」
金沢金箔の「金色」
加賀能登の里山の「若草色」
白山の雪解け水の「水縹色」
これらをつなぐ「墨色」
野々市明倫高校書道部の皆さんが
素敵なパフォーマンスを
披露してくださいました

地震から 520 日目
豪雨から 256 日目
「類は友を呼ぶ」
① 愚痴ばかりの人には
愚痴でしか会話できない人が集まる
② 自慢話ばかりの人には
プライドの高い人が寄ってくる
③ 非を認めない人には
言い訳上手な人が寄ってくる
④ 変化を恐れる人には
挑戦を避けてきた人が寄り添う
➄ 批判ばかりの人には
行動せずに語るだけの人が集まる
⑥ 先延ばしする人には
やらない理由で慰め合う人が集まる
⑦ 学びをやめた人のそばには
成長したい人は残らない
⑧ 成長を続ける人には
刺激をくれる人がやってくる
⑨ 謙虚な姿勢の人には
智慧を分けてくれる人が歩み寄ってくる
⑩ 他人の成功を喜べる人は
器の大きな人が歩み寄ってくる
⑪ 志ある人のまわりには
夢に本気な人が惹かれてくる
まさに「引き寄せの法則」ですね(^_-)-☆
この記事は「学校のミカタ 松下教育事務所」
松下 浩一 様からいただいたものです
松下様は小学校の校長先生を退職なさったのち
「松下教育事務所」を立ち上げになりました
発災前に本校をお訪ねになり
以来メルマガ「マツケン通信」を
配信してくださっています
教育にとっていろいろ参考になることが
もりだくさんなメルマガです
教育関係者の方ぜひおすすめです
引用文中の最後の絵文字もそのまま引用です
絵文字といえば
ドコモが「ドコモ絵文字」を
6月下旬以降に販売する機種から
順次廃止すると発表しましたね
ひとつの時代が終わったような
さみしい感があります
今日は三谷産業さんと
オンラインで会議をさせていただきました
三谷産業さんには
生徒の探究活動「街プロ」にご支援いただいています
現在ふたつのグループに寄り添って
伴走してくださっています
「食品開発班」
食品会社をご紹介くださり
現在食品づくりのヒントをいただいています
「スポーツ健康班」
プロスポーツチームや
パーソナルトレーナーを紹介くださっています
まさに
志ある生徒のまわりには
夢に本気な人が惹かれてくる
です
岡本先生の「総合英語」の授業にお邪魔しました
ふたつの発表がありました
①「トルコとの共創」
トルコの高校生とオンラインで交流している
川口はるひさんと山下ソフィアさん
「いっしょにやろうよ!」という
お誘いのプレゼンでした

②「ポルトガルツアー」
ポルトガルへ研修旅行に行ってきた
髙橋惺さんと崖顕さん
OECDでの発表の様子などプレゼンしましたが
聴衆が最ものってきたのは
エスカルゴの話でした
地震から 519 日目
豪雨から 255 日目
男子バレー部からおもしろいお知らせ

「金沢錦丘高校さんで
錦丘高校と野々市明倫高校と練習試合を行いました
両校には地震によって輪島高校から転学した生徒がいます
旧友とのゲームでお互いに切磋琢磨し
よい雰囲気で終わることができました
その帰りに校舎から出る途中
鳳至小学校校歌を口笛で吹いていた不届者がおり
偶然そのメロディーを聞いていた方が
中学校の職員室から出てこられました
注意されると思っていたところ
『フルコーラスで聞けて
懐かしい思い出をありがとう』
その方は音楽の先生で
鳳至小出身であり
輪島高校の卒業生でもあり、
校長先生の同級生でした
まさか校内で口笛を吹いて
感謝されるとは思いませんでした(笑)
口笛が生んだ偶然な出会いから
輪島高校頑張ってくださいと応援の言葉もいただきました
今週から始まる総体に向けて頑張っていきたいと思います」
えみちゃんありがとう!
IPU環太平洋大学の大池 淳一 准教授
以前に岡山県立興陽高校さんと繋いでくださり
共働で「きゅうりのバスソルト」を開発しました
おかげさまで関係各所から大人気で
さらなる販路拡大に向けて取り組んでいます
今日はさらに
岡山県立和気閑谷高校さんが
ぜひ「能登の塩」を使った
新商品を開発したいということで
「家庭基礎」の授業時間に
オンラインでミーティングを行いました

ビジネスコース1年生のアイデアで
素晴らしい商品ができそうです!
バスソルトご希望の方は
学校までご連絡ください
マスカットの香りと
緑のお湯でくつろげる商品となっております!
【今日のじょーおこらいえ】
生徒が校長ブログを読んで書いてくれた感想を
紹介するコーナー
今回は1月26日「日本チャチャチャ」を読んで
「家屋の被害判定には私も思うところがあります
外見だけで判定しても
中に入るととても住めない状況であることがあるということ
そして同じ輪島同じ市営住宅であっても
判定の迅速さに差があるということです
我が家に「Not Enter」の紙がようやく貼られたのは
震災後3ヶ月を過ぎてのことでした」
《匿名希望》
つい先日知り得た情報をひとつ
例えば「半壊」の判定があったとしても
「公費解体」した場合には「全壊」扱いとなり
支援金などの差額が支払われるということです
先日輪島市役所に行った際に
ボランティアの方が教えてくださいました
広島からいらっしゃった
とても気さくで親切な方でした
該当する方でご存知なかった方
申請は簡単です
・罹災証明(写)
・公費解体報告書(写)
・解体前の家と解体後の更地の写真
以上を持って市役所まで
全国のみなさん
もしものことがおこったときは
とにかくあらゆる写真を
撮りまくっておくことを
強くお薦めします
地震から 518 日目
豪雨から 254 日目
テネシー工科大学心理学科の
バリー・スタイン教授が行なった
興味深い研究があります
彼らは小学5年生の子どもたちに
次のふたつの文を見せました。
1.力持ちの男が、友達がピアノを動かすのを手伝った。
2.力持ちの男が、朝食の間に新聞を読んだ。
「ふたつの文のうち覚えやすかったのはどちらか?」
という質問をしたところ
成績のよい子どもは「1」
そうでない子どもは「2」
と答える傾向にあったといいます
何となく推測がついた人もいるかもしれません
一見すると文自体が短い「2」が覚えやすそうですが
内容をしっかり見てみると
前半と後半を関連付けられるのは
「1」であることがわかります
成績のよい子は
「力持ちだからピアノを動かすのを手伝ったんだろう」
と意味を持たせて記憶できるため
「1」を選びます
それができない子は
単純な文の長さで「2」を選んでしまうのです
何事も丸暗記ではなく『意味づけ』が大切なようです
さて発災以来
日本各地を訪れることが多くなり
さまざまな観光地を
何か復興のヒントとなるものはないか
探し歩く日が続いています
賑わう街に共通していること
それは歴史と伝統に『意味づけ』をしていること
さらには新しく創造したものに
『ストーリー』を持たせ
新たな歴史と伝統を
つくり続けていることです
キーワードは「〇〇と云われている」であり
必ずしも「〇〇である」必要はないのです
例えば
ベルギーといえばチョコレート
本当に?
ベルギーにカカオ豆は取れませんよ
地域にないものを他から持ってきても
ストーリーを持たせ意味づけさせてあげれば
立派な特産品となる好例です
国内に目を移すと博多の明太子
もともとは韓国のすけとうだらのキムチ漬け
韓国の言葉ですけとうだらは
「明(中国)」の鯛という意味の「明太」
戦後まもなくその味を忘れられないある調理人が
博多でその味を再現し
新幹線が博多まで延伸されたときに
お土産として売り出したら
爆発的ヒットになリました
それから仙台の牛タン
こちらも戦時中の話
それまで焼き鳥中心だった和食職人が
誰にも真似されないものをコンセプトに
試行錯誤の上作られた名物です
いずれにしても昔から
引き継がれてきたものではなく
苦境の中新たに作られたもの
しかも材料はご当地では手に入らないものです
先日訪ねた川越の神社でも
地元の方が考案して手作りした
「さつまいも掘りおみくじ」や
「金魚すくいおみくじ」など
外国人観光客に大人気でした
どうですか?
生徒のみなさん
柔軟な発想で未来の残る名産づくり
夢が広がりますね
ところで牛タン
果たして食用として耐えれるものか
当時は恐る恐る提供していたようです
ちっちゃい子供にはどうなんでしょう?
厚生労働省の「離乳食ガイドライン」を調べてみました
赤身の肉を与え始めるのは
「カミカミ期」と呼ばれる
離乳食後期(9~11カ月頃)からが良いそうです
牛たんは独特の食感があり
そのまま与えると噛み切りにくく
喉に詰まらせる危険もあるそうです
細かく刻んだり
柔らかく煮込んだりする必要があります
生後9カ月から鉄分が不足しがちになるので
牛たんには鉄分が豊富に含まれお薦めだそうです
ほかの肉については?
鶏肉は離乳食中期(7~8カ月頃)
牛肉・豚肉は離乳食後期(9~11カ月頃)
からが好ましいそうです
ただしすりつぶすか挽肉にして
「焼き牛たん」になると
奥歯が生えそろう2歳半~3歳以降が適しています
【被災地に電気が灯るまで】第40回
発電と電池の仕組みについて学び
エネルギー問題の解決を目指すこのコーナー
地震から 515 日目
豪雨から 251 日目
九州復興研修隊からの報告です
昨日は熊本城を散策したあと
城下町で食べ歩きをしました

教頭先生に教えていただいたわくわく座では
プロジェクションマッピングと
ジオラマのコラボレーションで
熊本城の復旧を学びました

その後新幹線で福岡に戻り
太宰府に行く予定でしたが
バスの関係で断念し
福岡タワーに夜景を見に行きました

地上110メートルからの夜景は
とても美しかったです
なかなか計画通りにはいかず
かなりのギリギリを攻めている旅ですが
昨夜から生徒たちはかなり疲れている様子ですが
体調不良などはなくホテルを出発しました
今日はこれから昨日断念した太宰府天満宮に行き
帰路につきます
私はといえば
全国高等学校長会議で大宮に来ています
さすが全国の交通の要
津々浦々から最も集まりやすい場所で
毎年設定されています

以前講話をさせていただいた兵庫県の校長先生
以前筑波の教頭研修でご一緒させていただいた先生
懐かしいお顔にご挨拶させていただきました
兵庫県立伊川谷北高校の神戸秀夫校長先生
兵庫県立須磨友が丘高校の塙守久校長先生
兵庫県立西脇北高校の佐藤太校長先生
兵庫県立篠山東雲高校の富田尚美校長先生
兵庫県立西宮苦楽園高校の宮本美枝子校長先生
茨城県立日立商業高校の菊池幸惠校長先生
兵庫県立西宮高校の谷口聡校長先生
兵庫県立川西緑台高校の牧野徹校長先生
兵庫県立香住高校の森澄実校長先生
兵庫県立播磨農業高校の岩本義裕校長先生
兵庫県立阪神昆陽高校の桑田耕治校長先生
静岡県立富士宮北高校の小谷和之校長先生
静岡県立藤枝東高校の森谷幹子校長先生
兵庫県立東播磨高校の志摩直樹校長先生
どうもありがとうございました
【今日のじょーおこらいえ】
生徒が校長ブログを読んで書いてくれた感想を
紹介するコーナー
今回は7月12日「野球の全校応援」を読んで
「野球の全校応援に来てくださって
ありがとうございました
普通では体験できない貴重な体験ができました
初めての夏の大会の試合ということで
試合前はとても緊張していましたが
スタンドを見上げると
全校生徒が応援してくれていて
どんな結果になろうと必ず最後まであきらめないで
全力で戦おうという気持ちになりました
でも実際には自分のエラーで失点したりして
チームに貢献できずに後悔や悔しさが強かったです
その後悔や悔しさは夏の大会でしか返せないと思います
そのためにどんなにきつい練習にも耐え
今出せる自分の全力のプレイをするよう心がけています
次の夏の大会では
前回よりもっと良い姿を見せれるように頑張ります
今年も応援よろしくお願いします」
《匿名希望》
地震から 513 日目
豪雨から 249 日目
昨日から全国校長会が東京で行われています

会議の後
時間があったのでウロチョロしてみました
まずは日本科学未来館

「チ」とのコラボ特別展をやっていました
「チ」は
自らの命をかけてまで
宇宙の真理を追い求めた人々の情熱が
描かれたアニメです
「神がその姿を写した人間が住む地球こそ
宇宙の中心なのだ」
という教会の教えが当時の真理でした。
「地動説」を唱える者は
拷問や火あぶりという厳しい迫害を受けます
この物語には唯一の主人公が存在しません
強いて言えば「地動説」が主人公
多くの人々が命を落としながら
真理を受け継いでいく物語です
命と引き換えに残してくださった災害に対する教訓を
次の世代に引き継ぐ責任を思い出させてくれます
今や周知の事実となった「地動説」
それでも認められるまでに
300年という膨大な年月を必要としています
災害復興と防災教育
こちらも長い目が必要です
「チ」には
「地」「血」「知」の意味が込められています
タイトルの「チ」の特殊なフォントに隠された秘密?
最終巻の8巻だけなぜか表紙が真っ暗?
第1巻で亡くなったはずの少年が?
第7巻の表紙にこれまで登場していない人物が?
さまざまな謎が散りばめられた名作です
常設展示には
能登半島地震のシミュレーションも

あの時こんなことが起こっていたんだと
新たな気づきです
発災以来すっかり信心深くなった私が
次に訪れたのは明治神宮

おみくじには
「ひとしれず 思ふこころの よしあしを
照らし分くらむ あまつちの神」と…
誰にも見られていなくても
正しくあれということかと読み解きます
続いて「MIYASHITA PARK」にも行ってみました
3年生の馬場くんが
「朝市復興の参考にしたい」
と研究している施設です
2階には飲食店が入り

屋上にはみんながくつろげるスペース
学校帰りの高校生が勉強したりしています

ビーチバレーの施設もありました

「風の人」も「地の人」も
みんなで楽しめる朝市にしたいですね
輪島弁でよそから来る人を「風の人」
輪島に住んでいる人を「地の人」
といいます
せっかく来た出張
空き時間の一瞬たりとも無駄にするものかと
今朝は早起きして豊洲市場へ

マグロのセリをしていました

輪島の朝市に卸す魚のセリも
こんなふうに公開すると
いいかもしれませんね
江戸の風情を感じさせる街並み

ゆったり過ごせる飲食スペース

日帰り温泉もありました

ただ朝の5時に行ったのですが
お食事処はほとんど閉まっていました
警備員さんに聞いてみたところ
「昔は開いてたんだけどね
今じゃ客が来ねえから
10時になんなきゃ
みんな開けねえよ
シャッター通りになっちまった」
東京でもそんなことがあるのかと驚いていると
「みんな売り上げは
築地にいた頃の3分の1くれえだよ
家賃も高くてどうしようもねえや
なんで中央区より台東区の方が
家賃高えんだっつうの」
江戸っ子弁丸出しで教えてくれました
築地はどうなっているんだろう?
気になって行ってみました
築地はみんなお店を引き払ったとばかり
思っていたんですが
結構残っているんですね
それに昔ほどではないにしろ
賑わっていました
築地にあって豊洲にないものに気づきました
それは匂いです
築地は1軒進むごとに
卵焼き専門店の匂い
鰹節専門店の匂い
ぬか漬け専門店の匂い
包丁専門店の金臭い匂い
違った匂いが迎えてくれました
ガラス越しのセリ見学とは
やはり伝わるものが違います

匂いって大事ですね
ポルトガルを訪ねた崖くんが言っていました
「ポルトガルと輪島の海の匂いが違う」

匂いも含めて五感で感じるのが旅なんですね
豊洲と築地
もう一度訪れたいのは?
と訊かれると…
朝市を復興させる時に
大事な視点になりそうな気がします
地震から 512 日目
豪雨から 248 日目
発災以来ずっと寄り添ってくださっている
福岡第一高校さん
世界一の体育祭「夜の体育祭」に
今年は生徒会の生徒を連れて
行ってまいります
以前お伺いした際に
校長先生から未来の教育について
お話を伺いました
「数学や理科など生徒の得手不得手の激しい教科は
全て選択制にしてレベルの高い教育を施し
全員に学ばせるのは
真に全ての生徒に必要な教科に絞るとよい
その教科は国語・英語・歴史である」
歴史や古典を嫌いな生徒から
「なんで昔のこと学ぶ必要があるのか?」
という声を聞きます
私は発災以来
歴史を学ぶことの大切さを
身をもって知ることができました
たとえば
江戸時代の新井白石の随筆『折たく柴の記』
「この日の午時雷の声す
家を出るに及びて
雪のふり下るごとくなるをよく見るに
白灰の下れる也
西南の方を望むに
黒き雲起こりて
雷の光しきりにす。」
これは何のことを書いていると思いますか?
富士山「宝永の大噴火」の様子です
最初の火山灰は白灰であったが
やがて黒灰に変わっていることで
火山灰の成分の変化を読み取ることができます
ここで地学のメガネ
東京大学の発掘調査によると
薄い白い灰の上に黒い火山灰が約2cm積もっていることが
確認されています
ここで物理のメガネ
黒い灰が後から降り積もったということは
黒い灰の粒子は細かく
長時間にわたって大気中を飛散していたことがわかります
ここで保健体育のメガネ
この頃多数の住民が
呼吸器疾患に悩まされていた記録が残っています
再び古典のメガネ
当時の狂歌でこのように歌われています
「これやこの 行も帰るも 風ひきて 知るも知らぬも おほかたは咳」
これは何のパロディかおわかりになりますか?
百人一首にある蝉丸の
「これやこの行くも帰るも別れてはしるもしらぬもあふさかの関」
です
奈良県大和郡山市教育委員会の「豊田家史料」には
宝永噴火の際に採取された火山灰が
紙に包まれて保管されているそうです
そのほか噴火が10日間にわたって続いたこと
火山灰が用水に詰まって水の供給が絶たれたこと
も記録に残っています
このように歴史を紐解くことによって
未経験の災害であっても
どのような準備が必要か予測することができるのです
噴火が収まった後は
富士山への参詣客が殺到したそうです
漁師や百姓が観光業に転職して
収集がつかない状態になりました
もともと参詣客を相手にしていた元締めが
転職に制限を加えるようになったそうです
輪島に例えると
朝市復興後多くの店が乱立し
既存の朝市組合との間にいざこざが起こる
みたいなことでしょうか
そんな日がいつか来るといいなとは思いますが
以前本校で「車いすバスケ」をしてくださった
フォースタートさんがまた来てくださいます
6月20日(金)13:50~です
どなたでも参加できますので
どうぞお越しください

【被災地に電気が灯るまで】第39回
発電と電池の仕組みについて学び
エネルギー問題の解決を目指すこのコーナー
充電のできる電池「鉛蓄電池」
のしくみについて学び
鉛と酸化鉛
どちらが負極つまり電池のマイナスか
考えてもらう宿題を出しました
それぞれが起こす反応は
Pb + SO42- → PbSO4 + 2e-
PbO2 + 4H+ + SO42- + 2e- → PbSO4 + 2H2O
これを見るとPb の式の右辺に
新たな電子 e− が2個生まれているので
Pb が負極ということになります
「鉛蓄電池」は
低温環境への強さと制御の容易さに加え
メモリー効果がないのが最大の特長です
メモリー効果というのは
充電を繰り返すと容量がだんだん小さくなる現象です
携帯電話なんかでも
あんまり充電が減っていないのに
小刻みに充電すると
バッテリーの寿命が短くなってきますよね
あれです
私は人間のバッテリーも同じであると
最近しみじみ感じており
どんなに夜遅く寝ても
朝の4時には目が覚めて
それから眠れなくなるのです
つまりフル充電までの時間が
極端に短いのです
電気容量が限りなく小さくなっているようです
その証拠に朝の10時頃に充電が切れ
大事な話の最中にコクっと
いきなりブラックアウトすることがしばしばです
困ったもんです
その度に目を閉じて考えていたふりをしていますが
きっとバレていると思います
「鉛蓄電池」は自動車において主流でしたが
現在ではEVの普及に伴って
リチウムイオン電池の方に注目が集まっています
次回から
もっとさまざまな電池について
学んでいきましょう
今日は東京で校長会
その後福岡へ向かいますが
車窓から富士山が見えました

地震から 511 日目
豪雨から 247 日目
日曜日
ある死刑囚に言い渡されました
「おまえの死刑執行が今週に決まった
土曜日までに執行される
何曜日かは伝えない
ただし条件をやろう
もし死刑執行の朝に
その日執行されることを言い当てたら
おまえを無罪放免としてやろう」
しばらく考えた死刑囚は
「ありがとうございます
無罪放免ですね!」
その言葉のとおり死刑囚は無罪放免となりました
なぜか?
死刑囚はこう答えたのです
「土曜日に執行されることはありえません
なぜなら土曜日まで執行が伸ばされたら
わたしはその日の朝に
言い当てることができるからです
土曜日の執行があり得ないのであるなら
金曜日もありえません
なぜなら金曜日の朝に
言い当てることができるからです
同じように木曜日水曜日そして今日も
死刑執行はありえません」
先日火災避難訓練を行いました
より実践的な訓練とするため
時刻を伏せて行いました
さらに出火想定場所も予め示さず
放送を聞いて
避難経路を各自で判断するよう指示しました
実施後の生徒アンケートでは
99.5%の生徒が
積極的に取り組むことができたと回答しました
訓練時刻を伝えずに実施したことについても
「実際の火災はいつ起こるかわからないから」
「危機感を持って臨むことができた」
「判断力をつけるのによい訓練だった」
「自分達で考えて動くことができた」
「事前に避難経路をシミュレーションしていた」
など肯定的意見が91.5%を占めました
ただ一方で
「着替え中だったらどうするのか?」
「いつ実施されるのかわからず授業に集中できなかった」
という課題も見つかりました
さらには
「6限目にならなかったから
7限目にあると予想できてしまった」
とさきほどの囚人の話のような感想も
そのほかの感想では
「ベルで放送が聞こえなかった」
放送機器そのものが使えない設定も
考える必要があります
「休み時間にやるのはよくない」
休み時間だからこそ意味があるのです
各自で考えて動く必要があるからです
「時間をちゃんと知らせて欲しいと思った」
時間を知らせないからこそ意味があるのです
次回はその日にやることすら知らせず実施します
正常化バイアスがかかっていたことに
気づいた生徒もいて
意味のある避難訓練になりました
今後もより実践的な避難訓練を計画していきます
511日前のあの日
私が最初にした仕事は
「学校には参集するな!」
規則に反した職務命令を
職員に一斉メールすることでした
危機管理マニュアルには
「震度6強以上の地震の際には
全員学校に直ちに参集すること」
とあります
ところがこれには重大な視点が抜けています
「職員も被災者である!」
ということです
今回の地震はいつもと違う
そう直感した私は
「自分の命と家族を守れ」
このことを最優先するよう指示したのです
間違ったことをしたとは
微塵も思っていません
集まっていたら
最悪誰かが命を落としていたでしょう
「学校に行くべきか迷っていた」
という先生の話を後から聞きました
【今日のじょーおこらいえ】
生徒が校長ブログを読んで書いてくれた感想を
紹介するコーナー
今回は2月9日「ゆでたまごを科学する」を読んで
「イタリアの研究チームが
最適なゆでたまごの作り方を
科学的に解明したという文章に
とても目を惹かれて記事を読みました
温度の伝わり方を
コンピューターシュミレーションするなど
大掛かりな研究をされているようで
完成したゆでたまごにどれほどの費用がかかり
どれぐらいの価値のあるものに仕上がったか
聞いてみたくなりました
さらにリーダーは卵料理が嫌いだと知って
本当に驚きました
「好きこそものの上手なれ」と言う言葉もあり
私は好きな人にしか辿り着けない何かがある
とこれまで信じてきましたが
考え方が大きく変化しました
嫌いな人だからこその
別の目線や視点で見ることの大切さを
学べた気がします
《匿名希望》
地震から 510 日目
豪雨から 246 日目
発災以来ずっと気になっていた場所が
いくつかありまして
今どうなっているのか
今日はそのひとつ和倉温泉にある
とあるお店を訪ねてみました

和倉温泉街も被害が大きく
多くの宿が傾き崩れ解体されていました

そんな中でお目当てのお店は Blossom
私が七尾高校に勤めていた時の生徒
野球部にいた黒川恭平さんが
ご家族で経営されているお店です
和倉温泉でお泊まりする時に
よくお世話になり
美味しいワインとお料理をいただいていました
被災後3ヶ月で壊れたお店を修理して
水道の復旧とともに営業を再開されたとか
あまりに美味しそうで食べるのに夢中で
写真を撮り忘れ
デザートを食べ終わる頃にようやく一枚

デザートはお姉さんの手作りガトーショコラ
これも絶品でした
以前特別にホールのクリスマスケーキを
作っていただいたことを思い出しました

被災後も料理コンテストに挑戦
本当に美味しいお料理でした

店先には多くの方々からの
激励メッセージが飾られていました
能登半島のあちこちで
それぞれの人が
それぞれの場所で
復興に向けて歩んでいます
【被災地に電気が灯るまで】第38回
発電と電池の仕組みについて学び
エネルギー問題の解決を目指すこのコーナー
充電のできる電池
「鉛蓄電池」を学んでいます
発明以来さまざまな工夫が重ねられ
電極には鉛と酸化鉛
電解液には希硫酸を用いるようになりました
今日は「鉛蓄電池」の仕組みをもとに
化学反応式の書き方を練習してみましょう
鉛の化学式は Pb
酸化鉛は PbO2
希硫酸は H2SO4 です
電離すると
H2SO4 → 2H+ + SO42−
鉛は硫酸イオンとくっついて硫酸鉛となります
Pb + SO42- → PbSO4
電子 e− を加えて両辺の電荷をそろえましょう
Pb + SO42- → PbSO4 + 2e-
酸化鉛も硫酸イオンとくっついて硫酸鉛となります
PbO2 + SO42- → PbSO4
PbO2 の O は水になります
PbO2 + SO42- → PbSO4 + 2H2O
Hはどこからきたのかな?
硫酸が電離した水素イオンです
PbO2 + 4H+ + SO42- → PbSO4 + 2H2O
電子 e− を加えて両辺の電荷をそろえましょう
PbO2 + 4H+ + SO42- + 2e- → PbSO4 + 2H2O
さてここで問題です
PbとPbO2
どっちが正極でどっちが負極かわかりますか?
知識がなくても式を見ればわかりますよ
電子が生まれている方が負極です
答えは次回
地震から 509 日目
豪雨から 245 日目
本校の「街プロ」
まなちゃんの「みつばちプロジェクト」
に寄り添ってくださっている
アナウンサーの原田幸子さまより
素敵なお便りをいただきました
21世紀美術館で開かれている
見立て作家である田中達也さんの
ミニチュアライフ展を
見に行かれたそうです
ご当地をテーマにしたミニチュア作品も

輪島をテーマにした「白米"扇"枚田」
扇の蛇腹状の部分を棚田に見立てた作品
見事ですね
ぜひ見てこようと思います
輪島高校野球部は
これまでに二度
夏の大会で決勝戦まで
コマを進めたことがあります
一度目は昭和57年度
決勝戦の相手は星稜高校
2-4で敗れました
そのときのチームのメンバーは
毎朝自主的に学校に集まって
自分たちで朝練をしていたと
聞いています
今朝のグラウンド

朝から元気な声が響きます
春の大会星稜高校に2-3
最後に逆転を許した弱さを克服するため
生徒が自主的に集まって練習しています
地震前までは
稲舟グラウンド(旧輪島実業)で
練習をしていたのですが
震災を機に直していただいたグラウンドに
帰ってきました
輪島まで鉄道が走っていた頃
当時の輪島駅の駅舎は
現在「ふらっと訪夢」として
お店などが入る複合施設となっています

バス停の名称は相変わらず
「輪島駅前」なのはなぜでしょう
ここの二階に
「輪島市学習センター」があります
生徒たちが放課後に集って
学習に励んでいます

【今日のじょーおこらいえ】
生徒が校長ブログを読んで書いてくれた感想を
紹介するコーナー
今回「どんでん返し」とタイトルがつけられています
「とてつもなく目をひかれた文章がふたつありました
ひとつ目が震災から38日目の記事です
使い捨てのOne Dayコンタクトを
1月1日からの約1ヵ月間
つけっぱなしだったと言うものです。
僕もツーウィークコンタクトのユーザなのでわかるのですが
ワンデイコンタクトは目に張り付いてくるので
とても1ヵ月なんて無理だと思っているし
健康面でも何か問題が生じるのではと思ってしまいます
ですが校長先生曰く
使い捨てコンタクトは1ヵ月問題なく使えるとのことでした
ところがそれから2日後
『ごめんなさい嘘つきました』と言うタイトルから
何があったのか気になって見てみると
『38日目のブログでとんでもない大嘘をつきました』
とあり僕はもしやと思いました
案の定コンタクトレンズのことで
目の調子が悪く
目医者に行ってみると結膜炎を発症していたそうです
結論
やはりコンタクトレンズは
用法守って正しく使いましょうとの事だそうです
不謹慎かもしれませんが
こんな時でも賑やかで面白い人だなと感じました」
《匿名希望》
生徒に「賑やか」と褒められる校長も珍しいですね
でもありがとうございます
最高の褒め言葉です
ずっと校長室に籠っている校長には
なりたくないと思っていますので
地震から 508 日目
豪雨から 244 日目
江戸時代中期の江戸の人口100万人
そのうち成年男子の識字率は70~80%
当時のロンドンの人口86万人で識字率20%
パリの人口54万人に対し識字率10%
寺子屋の果たした役割の大きさについて
以前このブログでも紹介しました
そして江戸末期
開国を迫る欧米諸国は
普通の庶民が本屋で立ち読みしている姿を見て
「この国は植民地化できない」
と植民地化を早々に諦めたそうです
「自国を統治できないような
無能な庶民に替わって
我々が統治してやる」
というのが植民地化の大義名分であったからです
このように日本を植民地化から守り
独立国家としての資質素養を欧米諸国に知らしめたのは
お上ではなく
ほかならぬ一般庶民だったのです
さて今はどうでしょう?
被災地では本屋が姿を消し
立ち読みする場がなくなりました
これは被災地に限ったことではなく
全国においてもみられます
20世紀末2万店あった本屋の数は
今年は半数以下の1万店を切ってしまいました
輪島高校では毎朝の読書タイムを設定しています
何を読んでもいいです

この時間によって
1時間目の授業に
非常に落ち着いた態度で
向かうことができています
今のところ校長の妄想ですが
お昼の後
午後の授業が始まる前にも
実施したいなと考えています
【被災地に電気が灯るまで】第37回
発電と電池の仕組みについて学び
エネルギー問題の解決を目指すこのコーナー
2種類の金属を導線で繋ぎ液体につけると
電気が流れ出す
これまで学んできたことを
一言で表すとこのようになります
金属や液体を変えることにより
様々な機能を持った電池を作ることができます
今日は世界初の充電式電池
「鉛蓄電池」について学びましょう
鉛蓄電池は
1859年フランス人のガストン・プランテが発明しました
2枚の薄い鉛板と希硫酸を用いたものです
日本でいうと
ハリスがやってきて
「日米修好通商条約」が締結された3年後になります
日本が開国するかすったもんだしている頃
フランスではすでに自動車で用いられる電池が
作られていたわけですね
その後様々な改良が加えられますが
それについてはまた次回
地震から 507 日目
豪雨から 243 日目
ポルトガル研修旅行のオンライン振り返り会
今日はさといちゃんの気づきです
「もったいない文化」が全くない
ホームステイ先のお宅では
大量に料理を作って
大量に廃棄することに
全く躊躇しないのだそう
レストランでも次の料理が運ばれてくると
前の料理が残っていようがいまいが
容赦なく皿が下げられます
「まだ食べてるんですけど」
と言う暇すら与えてくれません

乗り込んでくる客がいようがいまいが
容赦なく閉まってくる地下鉄の扉と一緒です
さて「もったいない」について調べてみました
「勿体(もったい)」という仏教用語があります
今では重々しいとか風格や品位という意味ですが
本来「物のあるべき姿や本来持つ価値」
というような意味でした
この本質的な価値が失われてしまうことを
「もったいない」というのです
つまり本来尊い食べ物であるはずなのに
その価値を無くし
ゴミとなってしまうのが
「勿体ない」です
唯一日本人だけが持っていた
「もったいない」の心
ケニアのノーベル平和賞受賞者
ワンガリ・マータイさんは
2005年に初来日した際に
インタビューの中で出会った
「もったいない」という言葉に感銘し
この美しい日本語を
世界共通語「MOTTAINAI」として
広めることを提唱しました
Reduce(ゴミ削減)
Reuse(再利用)
Recycle(再資源化)という3Rに
かけがえのない地球資源に対する
Respect(尊敬の心)を込めて
「もったいない」
あの頃は
お米一粒
水1滴にも
「MOTTAINAI 」
この気持ちをもっていたことを
思い出しました
ぜひ全世界に広めたいですね
【今日のじょーおこらいえ】
生徒が校長ブログを読んで書いてくれた感想を
紹介するコーナー
今回は3月6日「ひさびさの調理実習」を読んで
「調理室は地震からずっと水が出ていない
と聞いていました
私たち2年生も
まだ一度も調理実習をしたことがなく悲しいです
3年生が授業で調理室を使っても水が出ないから
玄関先でお皿を洗ったり
そこから調理用の水を運んだりしていました
今では当たり前のように水が使えるようになったことに
感謝したいと思います
水だけじゃなく
電気が通っていること
電波がしっかりあること
道がまっすぐなことなど
日に日に良くなっていっている輪島で
毎日頑張ろうと思います
調理室の水が出るようになったということで
全校のみんなで調理室を
きれいに使おうと思いました」
《匿名希望》