3月4日(水)第62回卒業証書授与式が行われました。

天気予報は雨のち曇り。しかし、やはり本校は日ごろの行いのよい生徒ばかりなので、奇跡的に曇りから晴れという天気になりました。
感動。感謝。涙。巣立ち。自立。まさに、学校冥利につきる卒業式になりました。

国歌、校歌の大合唱。天井が抜けそうなほどの大きさでした。




校長の式辞をみて、どうぞ式の雰囲気を味わってください。
「(ここに集まった全員の幸せを祈りながら話そう)
式 辞
卒業生の皆さん。

皆さんが能登半島地震を経験したのは、今から二年と二か月前のことです。
あれから皆さんは、何を感じながら過ごしてきたでしょうか。不安、恐れ、先が見えない――。世界が突然、色を失ったようでした。
それでも時は流れ、春は確かに巡り、今、あふれだす光の粒が少しずつ朝を暖め、そして三度目の春を迎えようとしています。
本日ここに、第六十二回卒業証書授与式を挙行できること。それは、当たり前ではありません。皆さん一人一人が、自分を奮い立たせ、少しでもと前へ進み続けた、結果であります。
本日は、羽咋市長 岸 様、PTA会長 寺門 様、同窓会会長 河崎 様、羽咋中学校 校長 宮下 様、邑知中学校 校長 濵田 様をはじめ、多くのご来賓、そして保護者のご臨席を賜り、心より御礼申し上げます。
ただ今、百九名の卒業生に卒業証書を授与いたしました。
その一人一人に、私たちは伝えたいことがあります。
『みんな、本当によく頑張ったな。』
コロナ禍で入学し、いろんな制限の中の高校生活。そして一年生の冬、突然襲った震災。胸が締め付けられる苦しい日も、茫然となった瞬間も、きっとあったはずです。
それでも皆さんは、学校へ来ました。仲間と顔を合わせ、喜び、安心しました。授業を受け、実習に汗を流し、部活動に打ち込み、資格に挑戦しました。そしていろんな行事を成功させ、みんなでたくさんの感動と喜びを分かち合ってきました。そのおかげで、学校は毎日笑顔であふれるようになりました。
その姿は、私たち教職員の目にしっかり焼き付いています。
そんな経験をしてきたここに立つ皆さんの背中は、この能登の将来を背負う、立派な大人の背中です。
卒業生の皆さん。
この節目の日に、まず一つ目の問いです。
あなたを今日ここまで育ててくれた人は、誰ですか。
保護者の皆様。
本日、お子様の晴れの姿をご覧になり、胸の奥底からこみ上げてくる思いが今あると思います。
夜遅くまで帰りを待った日。言葉をかけたいのに、あえて飲み込んだ日。親としてのもどかしさを感じた日もあったことでしょう。
しかし、そのすべてが、今この瞬間へとつながっています。
この凜とした姿こそが、十八年間の子育ての答えです。
卒業生の皆さん。
今日、親御さんに必ず話さなければならないことがあります。
照れくさくても、不器用でも構いません。勇気をだして言いなさい。これまでのすべてに報いる言葉です。
それは「ありがとう」の一言です。
さて、皆さん。
私が人生の指針として、大切にしてきた言葉があります。もうわかりますね。
そう「人生二度無し」。
この言葉を、三年間で皆さんは何度も聞いてきました。
では最後の日にも問います。
この、二度とない人生を、皆さんは何を心の拠り所として生きていきますか。
私自身の心の拠り所を、話します。
世界にはこんな言い伝えがあります。
人は亡くなると、魂となり天国の門に行くそうです。その門の前に立った時、門番から二つの質問を受けると言われています。
門番の一つ目の質問。
「あなたは、自分の人生で、喜びを見つけましたか」。私は、迷わず「はい」と答えたい。
門番の二つ目の質問。
「あなたは、人生で、人に喜びを与えましたか」。その時、私は自信をもって「はい、与えました」と答えたい。
自分は幸せだったか。
そして、人を幸せにできたか。
この問いを忘れなければ、皆さんは必ず、幸せな人生を歩むことができます。
さあ最後です。
羽咋工業高校で一生の思い出ができ、多くの大切なことを学んだと思うなら、校門を出るとき、振り返りなさい。そして、この学び舎に向かって、「ありがとうございました」と言って一礼しなさい。
皆さんの前途に、限りない幸せがあることを信じています。 おわり」
PTA会長 寺門様 挨拶。

送辞 後期生徒会長 電気科 川島 琉翔

答辞 前期生徒会長 電気科 岩城 渚人 感動と涙の答辞

もらい泣きの担任と教員たち 生徒達と保護者

卒業生退場時の 建設・デザイン科 保護者への感謝の挨拶

退場。

本当に、感動の卒業式でした。参列された皆様。本当にありがとうございました。
卒業生には、幸せな人生を信じ、皆様にも幸せな日々を願っています。